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テクノロジーで食にイノベーションを!「フードテックビジネスコンテスト」|令和5年度受賞者のアイデアを一挙ご紹介

テクノロジーを活用した食の新産業創出を目指す「フードテック官民協議会」(事務局:農林水産省)は2024年2月3日(土)「未来を創る!フードテックビジネスコンテスト」の本選大会を、都内で開催しました。フードテックの認知度向上と新たなビジネスの創出が目的で、今回は二回目。会場では予選を通過した『アイデア部門5組・ビジネス部門7組』の計12組がプレゼンテーションを行いました。

食品原料のBtoBマーケットプレイスを創り出そうとする当社(ICS-net株式会社)は、当コンテストに協賛の立場で参加。最優秀賞・優秀賞を含む受賞者5名のアイデアを、シェアシマinfoにて特別にシェアします!

【アイデア部門・最優秀賞】循環型の施設園芸『棚田ポニックス』 遠崎 英史さん(株式会社プラントフォーム)


株式会社プラントフォームの遠崎英史さんは、サステナブルな施設園芸「アクアポニックス」の営業開発を担っています。今回は「アクアポニックス」と日本の原風景でもある「棚田」を掛け合わせたアイデアで最優秀賞を受賞しました。

『棚田ポニックス』とは

『棚田ポニックス』とは「棚田」を利用した「アクアポニックス」のことです。

アクアポニックスとは

「アクアポニックス」とは、水産養殖の「Aquaculture」と水耕栽培の「Hydroponics」からなる造語で、魚と植物を同じシステムで育てる新しい循環型農業です。

仕組みは

  1. 魚を養殖する
  2. 魚から出た排泄物を、バクテリアを通して植物の肥料に分解する
  3. その肥料を利用して植物を育てる
  4. 植物が水を浄化し、その水を魚の養殖に利用する

というもの。

つまり「循環型」の農法で、水を捨てない、換えない、そして農薬と化学肥料も必要としない、いわば水で行う有機栽培であり、サステナブルを体言する地球に優しいエコ農業とも言われています。
アクアポニックスは魚と植物を同じシステムで育て、同時に収穫することがで

『棚田ポニックス』とは

アクアポニックスでは、魚を育てる「養殖槽」、魚から出る排泄物を肥料に変える「ろ過槽」、作られた肥料で野菜を育てる「栽培槽」の3つの槽が必要となります。その3つの槽を、棚田を利用して運用するのが『棚田ポニックス』です。

棚田を利用する純粋なメリットとしては落差ある地形・良質な水源が挙げられますが、その他にも、放置された棚田を有効活用することで、これまで棚田が担っていた災害予防や景観などの役割を維持するというメリットもあります。

『棚田ポニックス』が解消を目指す3つの課題

『棚田ポニックス』は、以下3つの課題の解消を目指しています。

①人口高齢化問題

人口高齢化に伴い、働き手不足が深刻化している現代。従事者の平均年齢が70歳を超えている農業も例外ではなく、離農の増加やそれに伴う耕作放棄地が問題となっています。IoTで管理を行う『棚田ポニックス』は、少ない人数で多くの農地を管理することが可能なため人口減少への対策として有効です。

また、『棚田ポニックス』は地産地消の実現を目指しているため、今後大きな問題になるであろうドライバー問題にも貢献できると考えられます。

②食料安全保障問題

世界情勢が不安定な昨今、日本国内でも輸入食糧不足や価格の高騰などの影響が出てきています。食料自給率が低い日本にとっては、「食料の安定供給」は重要な課題と言えます。

IoTで管理し、気候に大きく影響されない『棚田ポニックス』は安定した栽培をすることが可能です。それにより、食料自給率の向上や野菜価格の安定化につながります。また、魚を養殖できるため、近年問題とされている漁獲量減少問題への対応策としても期待できます。

③環境温暖化、燃料問題

『棚田ポニックス』は、養殖している魚の排泄物をバクテリアが肥料に分解し、植物はそれを養分として成長します。そのため、無農薬・無化学肥料栽培が可能です。また、設備として太陽光発電を備えるため、環境にも配慮した農法と言えます。

『棚田ポニックス』のビジネスモデル

『棚田ポニックス』では「養殖槽」でチョウザメを、「栽培槽」で小麦の栽培を行うことをビジネスモデルとして提案します。

チョウザメをすすめる理由

決して安価ではない初期費用がかかる『棚田ポニックス』ですが、チョウザメは高級食材として有名なキャビアが獲れるため高い収益性が期待できます。また、チョウザメの身も食用として販売可能なため、初期費用の早期投資回収が可能です。

小麦をすすめる理由

主食でありながら輸入に頼りがちな小麦。その理由として、国内での生産量の少なさと価格の高さが挙げられます。『棚田ポニックス』で小麦の生産をすることで、国内の小麦の生産量の増加、それに伴う低価格での提供が期待できます。小麦の国内自給率を上げることで、食料の安定保障へ一歩近づくと考えられます。

関連URL:https://www.plantform.co.jp/

問い合わせ先:https://www.plantform.co.jp/contact/


【アイデア部門・優秀賞】「もったいない文化×センサー技術×AI」による食品ロス問題解決 南 俊輔さん(グロービス経営大学院)



消費者庁に勤め食品ロスの削減に従事している南俊輔さん。今回は、家庭内の食品ロスに注目し『センサー付きディスポーザー』を提案し優秀賞を受賞しました。

「食品ロス問題」の現状

国内食品ロスの半分が家庭内

2021年の国連WFPの食糧支援量は年間440万(※1)トン。それに対し、日本国内での年間食品ロス量は523万トン(※2)に及ぶと言われています。そのロスの半数近くが家庭内で発生しており、その食品ロス量は、国民一人一日あたり「おにぎり一個分」です。
※1 国連世界食糧計画 (World Food Programme:WFP)2021年実績
※2 令和3年度推計(農林水産省・環境省)

「自分事」として捉えにくい現状

家庭内で半数近く発生している食品ロスですが、なかなか「自分事」として捉えにくい現状があります。その理由として以下の3つが挙げられます。

  • 最新データが一昨年度前
  • 世帯ごとのデータを取得しづらい
  • 集計のデータにはアンケートによる推計の要素が介在

食品ロスを減らすためには、「自分事として捉えるためにはどうすればいいか」を考える必要があります。

「個人」に着目して食品ロスを削減する理由

一般的に食品メーカー・小売店などの企業は「経済的利潤の追求」と「環境・社会価値の追求」の両立には課題が多く、食品ロスの削減には多大な時間を要すると考えられています。
それに対し、個人で考えると「食品ロスの削減=可処分所得の増大」に直結するので、「個人」の行動を変える仕組みづくりが、食品ロス削減への近道だと考えられます。
個人の行動を変えるには、まずは食品ロス問題に「関心を持つ」ことが大切。そのために必要なのが【情報の鮮度・粒度・客観性】で、これらの条件を満たすために考えられたのが『センサー付きディスポーザー』です。

『センサー付きディスポーザー』とは

『センサー付きディスポーザー』は、名前の通り「センサーの付いたごみ箱」のことで以下の仕組みです。

  1. センサー付きディスポーザーに生ごみを廃棄
  2. センサーが【時間・見た目・硬さ・重さ】などのデータを取得
  3. AIが食材を分類し、ロス廃棄量を推定
  4. ロス廃棄量を金額に換算

つまり、『センサー付きディスポーザー』に生ごみを廃棄することで「いつ」「どのような状態の」「何を」「何円くらい」ロスしたかを可視化。可視化することで「もったいない」という気持ちを刺激し、食品ロスの削減につなげます。

『センサー付きディスポーザー』がもたらす可能性

食品ロスの削減を目的としている『センサー付きディスポーザー』で取得できるデータには他にも有用性があります。

(1)食品メーカーの商品開発やサービス改善

『センサー付きディスポーザー』では、これまで把握できなかった、より詳細な消費データを得ることができるため、食品メーカーの商品開発・マーケティング・サービスの改善に有用と考えられます。
【例】〇〇市の80代男性はサバや鮭を多く残す→内容量の少ない商品が受け入れられる可能性あり

(2)各自治体・関連省庁における業務効率化

これまでアナログ作業に頼っていた食品ロス量の集計ですが、『センサー付きディスポーザー』のデータを利用することで時間短縮・業務効率化につながると考えられます。

『センサー付きディスポーザー』を起点に、社会全体の食品ロス削減へ

『センサー付きディスポーザー』は、家庭内での食品ロスを削減することはもちろん、そのデータを活用することで、さらなる効果が期待できます。

例えば、食品メーカーの需要と供給のミスマッチを改善して事業系食品ロスを削減したり、行政が焦点を絞った具体的な施策ができたりなどです。『センサー付きディスポーザー』が普及することで社会全体の食品ロスの削減へとつながると考えられます。

【ビジネス部門・最優秀賞】プラットフォーム微生物「DSE」により、あらゆる環境で植物の生育を実現する 風岡 俊希さん(株式会社エンドファイト)


植物の根に共生する微生物の中には、植物と共生関係を築き、生育を促進する「エンドファイト」と呼ばれるものがあります。風岡さんは、今回、茨城大学と自社で研究開発しているエンドファイト『DSE』のプレゼンテーションを行い、最優秀賞を受賞しました。

『DSE』とは

『DSE』とは「Dark-septate endophyte」の略で、栄養の乏しい環境の森林土壌から分離・選抜した微生物です。土壌中でプラットフォームの役割を果たす微生物『DSE』には以下のような特長があります。

  • 植物が吸収できない栄養素の吸収を促進し、環境ストレス・病害耐性の向上や、季節・気候などを問わずに花芽形成や果実形成を誘導できる
  • 土壌の有機微生物とつながり、更に高い効果を植物に還元することができる
  • ほぼすべての植物で利用が可能
  • 量産コストが極めて低い

これらの特長から、『DSE』を利用することで、生育困難な条件下での植物の生育が可能となります。それだけでなく、育苗期間の短縮や、果実の形成数の増加、糖度の上昇などのメリットも得られます。

『DSE』の研究開発に取り組む背景

『DSE』の研究開発に取り組む背景にあるのは、過度な農薬や化学肥料の使用、農地開拓により世界規模で土壌劣化が起こっているという現実です。国連の発表によると、2024年世界において33%以上の土壌が劣化しており、その数値は2050年には90%以上になると言われています。

経営視点での『DSE』のメリット

劣化した土壌でも作物の生育が可能な『DSE』。農家の経営視点でもメリットが多いです。

【売上増加】

  • 生育促進・病害抑制による「収穫量の増加」
  • 通年での栽培による「収穫機会の増加」
  • 土壌状態や環境条件に依存しないことによる「栽培可能土地面積の増加」
  • 有機ブランド作物の展開による「高単価化」
  • カーボンクレジットによる「新たな収益源」


【コスト削減】

  • 化学肥料が不要となるため「肥料コストの削減」
  • 田畑の管理負担の削減による「エネルギーコストの削減」
  • 施肥・土壌管理負担削減による「人的コストの削減」
  • 育苗時間短縮による「人的コストの削減」


『DSE』の優位性

微生物を利用した資材は他社からも出ていますが、『DSE』はストレス耐性・花芽形成促進など付与効果が多いこと、ほぼすべての農作物で利用が可能なこと、量産コストの点で優位性があるとの実証データがでています。

今後の展開

現在は、主に『DSE』を使った培土や苗の販売、企業・研究機関・自治体などとの共同実証・共同開発を行っています。また、農業の分野に限らず、土壌再生・森林再生などの分野でのプロジェクトも国内・海外で展開予定です。今後はDSEを中心とした技術ソリューションを企業へ提供することを通じ、環境事業想像のプラットフォーム企業となることを目指していくことを計画しています。

関連URL:https://endo-phyte.com/
問い合わせ先:https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSfsrylar9HriM2xrwd9cyIUYN6YMuMJiz9xE4uxwh1y2Ney2g/viewform

【ビジネス部門・優秀賞】ハウスの可視化を加速する Sustagram Farm 山口 孝司さん(AGRIST株式会社)


ピーマン、キュウリの一大生産地、宮崎県に本社を持つAGRIST株式会社の山口さんは、自社開発した自動収穫ロボットを軸とした「儲かる農業モデル」の確立を目指しています。今回は、ハウスの可視化を加速する『Sustagram Farm』のプレゼンテーションを行い、優秀賞を受賞しました。

「儲かる農業モデル」とは

AGRIST株式会社が確立を目指す「儲かる農業モデル」とは、自社で開発した自動収穫ロボットを軸に、テクノロジーを活用して農業の生産性を向上し、収益性、再現性の高い農業を実現することです。

自動収穫ロボットとは

「儲かる農業モデル」の軸となる自動収穫ロボットは、人手不足で悩む地元農家との話し合いから誕生しました。AIロボットが収穫に適した野菜を判別し自動で収穫し、人の作業をサポートするというものです。
ピーマン、キュウリの自動収穫ロボットの開発を行い、現在キュウリの自動収穫ロボットが社会実装されています。

農家となり「儲かる農業モデル」を体現

AGRIST株式会社は、収益性、再現性の高い農業を実現するために、自動収穫ロボットに最適化されたビニールハウスの開発販売も行っています。ビニールハウスのエネルギーは再生可能エネルギーを利用するなどカーボンニュートラルな社会の実現にも貢献しています。
また、2022年からは農業生産法人を立ち上げ、農家としての活動を開始。就農1年目のフラグシップ農場では、宮崎県が指標としているピーマンの収穫量の1.5倍の収穫を実現しました。

新たな課題

1.5倍の収穫量を実現したものの、生産量が増えた分市場で買いたたかれ、売上がついていかないという課題が発生しました。その解決策として考えられたのが、自動収穫ロボットを軸とした「AI農業」。具体的には、生産側と需要側のデータを連携し、最適出荷を目指し収益の最大化を実現するという取り組みです。

自動収穫ロボットを利用した「AI農業」とは

これまでは定点観測でのデータ取得が主流でしたが、「AI農業」ではセンサーを取り付けた自動収穫ロボットがハウスの中を動き回り、細かいデータを取得します。そのデータにより環境整備や生育のばらつきを調整し、精度の高い収量予測を作ります。
これらのデータを需要側のデータと結びつけ、最適出荷を実現。最適出荷をすることで、収益の最大化が目指せることはもちろん、これまで小売店で出ていた食品ロスの削減も目指せます。

今後の展開

今後は、以下の要素を組み込んだ「Sustagram Farm」を「儲かる農業パッケージ」として販売していく予定です。

  • 収穫の人手不足を解消する自動収穫ロボット
  • スマート農業に最適化されたビニールハウス
  • 病害虫の発生リスクが低い栽培技術
  • 再現性の高い農業をアシストするデータ


関連URL:https://agrist.com/
問い合わせ先:https://agrist.com/contact

【審査員特別賞】未利用食品を新たな食品へと生まれ変わらせる”粉末技術” 中村 慎之祐さん(株式会社グリーンエース)


東京農工大学で6年間、食材粉末化の研究に携わっていた中村さん。今回は、その粉末技術を活用して企業とアップサイクル商品を開発する『totteoki』のプレゼンテーションを行い、審査員特別賞を受賞しました。

『totteoki』とは

近年、企業では「本来は捨てられるはずだったものを、新しい価値のあるものに生まれ変わらせる『アップサイクル商品』」に注目が集まっています。しかし、未利用食品に関するアップサイクル商品の開発には、以下のように、いくつもの課題があるのが現状です。

  • 未利用食品の確保や保存が難しい
  • 自社で商品開発を行った経験が少ないため、どんな商品にするか決めきれない
  • 一次加工や商品製造・卸売など、あらゆる企業と連携しなければならない

『totteoki』は、企業が抱えるこれらの課題を、粉末技術と商品開発のノウハウで解決し、共にアップサイクル商品を作る取り組みです。例えば、生姜やごぼうの端材を利用したドレッシングや、獲れすぎたトマトとキャベツの芯を利用したふりかけなど。未利用食品を新たな商品へと生まれ変わらせ、食品ロスの削減を目指します。

『totteoki』が誇る粉末技術とは

『totteoki』のポイントは未利用食品を粉末化することです。食材の粉末化には、長期の保存や見た目の悪い食材の有効利用など、食品ロスの削減に貢献できる要素が多くあります。食品ロスの削減に効果的な粉末化ですが、従来の熱を利用した粉末化技術では、「色・香り・栄養」が大きく損なわれるという欠点がありました。
一方『totteoki』が誇る粉末技術は、風と熱を利用することで「色・香り・栄養」を大きく損なわずに粉末化が可能。例えばホウレンソウのビタミンAは他社粉末の217倍、トマトのビタミンCは109倍というデータがあります。また、風と熱を利用することで、従来より圧倒的に短時間での乾燥が可能です。

解決する課題

国内で発生する未利用食品は、農業の分野で171万トン、事業の分野で324万トンと言われています。これらの大量に発生する、もったいない食品をアップサイクル商品に生まれ変わらせるのが『totteoki』の取り組みです。『totteoki』が広がることで、食品ロスの削減が目指せます。

今後の展開

現在は、小売・外食を中心に展開している『totteoki』の活動。今後は、粉末技術をさらに磨き、用途開発を行うことでメーカーなど食品業界全体を巻き込んで、食品ロス削減を目指す予定です。

関連URL:https://greenase.jp/
問い合わせ先:https://greenase.jp/contact/

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公式HP

執筆者プロフ
シェアシマ編集部

食品業界で働く人たちに向けて、展示会の取材や企業へのインタビュー記事を通して、食品開発・製造に関わる話題のトピックを発信しています。プラントベースフードに興味津々の国際薬膳師、累計記事執筆2,500以上の元新聞記者等々、30〜40代の編集メンバーを中心に運営中

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サステナブル

過剰な肥料にご用心【食品企業のためのサステナブル経営(第17回)】

前回の記事を読む:どうする、カカオの暴騰?【食品企業のためのサステナブル経営(第16回)】一つ前の回でいま世界が注目する「再生農業」を紹介しましたが、再生農業が従来の農業と大きく異なる点の一つに、肥料を基本的に使わないことが挙げられます。(農業の大革命が進行中!?【食品企業のためのサステナブル経営(第15回)】)これは、土壌生態系が豊かであれば、人間が肥料を追加しなくても必要な養分が土壌に存在するという考え方に基づいています。そして、再生農業は養分が十分に供給されるように土壌を豊かに再生することを目指しているのです。もしこのやり方が機能するとすれば、肥料を施す手間やコストを削減できるため、農家にとっては大きなメリットとなります。しかし、メリットはこれに留まりません。実は、肥料そのものにもいくつか重大な問題があるからです。肥料の問題点から再生農業を考えるそもそも、肥料は非常に大きな環境汚染源であることをご存知でしょうか。生物多様性の喪失が大きな地球環境問題となっていますが、その原因の一つが肥料による環境汚染なのです。環境汚染というと多くの方は化学薬品や農薬を連想すると思いますが、実際には肥料の影響が非常に大きいのです。なぜなら、そもそも農業は全世界で広く行われている人間活動であり、近代的な農業では肥料を与えることが常識化しています。そして、農家は生産性を上げようとして過剰に肥料を使用する傾向があるのです。作物や地域にもよりますが、一般に与えた肥料の半分程度、場合によっては3割ぐらいしか作物は吸収しておらず、残りは環境に放出されていると考えられます。そのため、過剰な肥料が周辺の土壌を、さらには下流地域を栄養化し、生態系を撹乱しているのです。このような環境問題を防ぐために、肥料を使わない再生農業は大きな利点を持つと言えます。環境だけでなく影響は人の健康にも過剰な肥料の問題はそれにとどまりません。人間の健康にも悪影響を与えています。肥料の主要成分は硝酸態窒素で、これは葉緑素をはじめとするタンパク質の原料として植物にとって重要です。しかし、植物が体内で使いきれなかった過剰の硝酸態窒素は、そのまま人間が摂取することになります。体内に入った硝酸態窒素の大部分は尿から排泄されるのですが、消化器官の中で微生物により還元され、亜硝酸態窒素となるものもあります。これが消化器官内で化学反応により発がん性が示唆されているニトロソアミンを作る可能性があるのです。つまり、硝酸態窒素が過剰な作物を摂取することは、人間の健康被害につながる恐れもあるのです。さらに亜硝酸態窒素が血液中のヘモグロビンと反応すると、酸素を運搬する機能のない血色素であるメトヘモグロビンを生成させてしまいます。乳幼児は胃酸の分泌が少ないため、特に​亜硝酸態窒素を生じやすく、この現象が発生しやすいとされます。メトヘモグロビンの濃度が高くなるとチアノーゼを起こし、さらには呼吸困難・意識障害などの症状を出現させ、最悪の場合死亡することもあります。乳幼児でこの問題が起きやすく、起きると全身が真っ青になることから、ブルーベイビー症候群と呼ばれて海外では恐れられています。農業による環境汚染の規制、日本ではこの問題は1945年にアメリカの農場で最初に報告されていますが、その後1970年代に欧州で大きな問題となり、農薬や家畜の飼育による土壌や水質の硝酸態窒素による汚染を防ぐための規制が導入されました。実は、これがGAP(Good Agriculture Practice)のきっかけです。GAPは欧州への農作物輸出の品質基準と認識されている方も多いと思いますが、実際には農業による環境汚染を防ぐための規制から始まったのです。また、EUでは葉物野菜について、残留硝酸態窒素濃度の基準値も定められており、これを超えたものは出荷できません。日本ではこの問題があまり顕在化しなかったため、一般にはあまり問題として認識されていません。そのために野菜の残留硝酸態窒素の基準も設けられていません。ところが実際に測定してみると、EUの基準より数倍、場合によっては桁違いに多い硝酸態窒素が検出されることも少なくないようです。日本でも水道水に対してはWHOのガイドラインと同じ10 mg/Lという基準が定められており、これはEUよりも厳しいのですが、井戸水や地下水にはそれ以上の硝酸態窒素が含まれていることがあるのでやはり注意が必要です。こうしたことは、最近になって日本の野菜を海外に輸出しようとしたときに問題になったのですが、もちろん問題の本質は輸出ができないということではありません。なにより日本人の健康にとって、大きな問題なのです。この問題を防ぐためには肥料の適正使用が重要ですが、再生農業のようにそもそも肥料を使わなくてすむのであれば、こうした問題も同時に解決することができるのです。農業生産と食品製造の課題は共に肥料に関わる問題は、直接的には農家にとっての課題であり、農家が中心になって取り組む必要があります。しかし、肥料を使わない、少なくとも使用量を減らして適正に使う農業が広がれば、農作物の品質が向上するだけでなく、生産コストも削減され、食品企業としても大きなメリットがあります。特にウクライナ危機以降、窒素肥料の価格が高騰し、日本だけでなく世界的な農作物の価格上昇の一因となっています。こうした状況を考えると、今は肥料の過剰利用を再考するにはとても良いタイミングと言えるかもしれません。そしてもちろん、これを単に農家の問題として捉えるべきではなく、食品メーカーが生産者と一緒にこの問題の解決に取り組むことに非常に意義があります。これは、日本の農業と食品をいろいろな意味でサステナブルにする絶好の機会なのです。

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どうする、カカオの暴騰?【食品企業のためのサステナブル経営(第16回)】

前回の記事を読む:農業の大革命が進行中!?【食品企業のためのサステナブル経営(第15回)】カカオ豆の価格が急騰しています。3ヶ月で2倍、1年間で3倍になるというペースに驚いている、いえ、慌てている方も多いと思います。国際市場での価格も、4月に史上初の1トン1万ドルを突破しました。日本円に換算すれば160万円です。日本での価格がさらに高く感じられるのもむべなるかなです。原因は主な生産地である西アフリカにおける気候不順と病気の発生で、収穫量が40%も減少していることです。しかし、実際に輸入されるカカオ豆の価格にこの市場価格が反映されるのはまだこれからです。そして、今後もカカオ豆の価格がますます上がることはあっても、元の価格に戻ることはほぼないでしょう。なぜなら気候変動の影響は今後ますます大きくなりますし、病気や老朽化した木の植え替えには数年を要します。さらに新興国の市場の成長もあり、世界的にカカオ需要が増加しているのです。価格を押し上げる要因は多く存在しますが、下げる要因はほとんど見当たりません。もちろん農産物ですから、価格の多少の上下はあるでしょう。しかし、円安トレンドも今後継続するであろうことを考えれば、以前のような価格に戻ることはまずないと結論せざるを得ないのです。「カカオショック」本質的な対応策は?このような状況下では、ただ値上げを繰り返しても意味はありません。本質的な対策にならないだけではなく、顧客や市場を失うことになるのがオチです。ではどうするかですが、一つはビジネスを根本的に見直すことでしょう。誰に、何を、どのような価格で売るかということを、根本から設計し直す必要がありそうです。非常に重要なことですが、会社ごとに答えは変わってきますので、ここではこれ以上は立ち入らないことにします。もう一つ重要なのは、カカオ豆をどう安定的に調達できるようにするかです。これまでのように、ただ市場から購入したり、商社頼みで調達するのでは不十分であることは明らかです。実際、海外の大手ブランドは、すでにかなり以前からサプライチェーンに深く関与し、栽培方法の改善や労働環境の向上を図りながら、生産の効率化を進めています。いわゆる「持続可能な調達」が行えるよう、準備を進めてきたのです。そうしたブランドからすれば、現在のカカオショックは来るべきものが来たのに過ぎないでしょうし、むしろライバルを引き離すチャンスの到来だと思っているかもしれません。なぜ海外の有名ブランドがそのような準備を進めてきたかと言えば、気候変動の進行でカカオ豆が大きな影響を受けるであろうことは以前から分かっていたからです。気候変動は気温の上昇だけでなく、降水量の低下、降雨タイミングの変化など、作物の生育に大きな影響を与えますし、病気や病害虫の発生リスクが高まることもあります。こうしたことに予め備えておかなければ、いざ問題が発生したときに農家は大変な被害を受けることになります。しかし、農家にはそのような知識も対策を講じる経済的な余裕もありません。事前に準備をするためには、企業が支援をする必要があるのです。必要なのは農家の支援と投資そもそも、栽培方法が適切でなければ品質や生産性が良くないという問題もあります。また、カカオの木が古くなれば生産性は落ちていきますが、植え替えるためには大きな投資が必要であり、低収入の農家だけでは難しいのです。こうした農家に対して低利子の融資やマイクロファイナンスなどの金融支援を行うことは、安定的な調達につながり、結局は自分たちにもメリットがあるのです。もちろん日頃から適切な価格で買い上げることや長期契約を行うことも、農家の経営安定やモチベーション維持のために役立ちます。海外の大手ブランドであっても、環境や人権への配慮をNGOなどから求められて渋々始めたところも少なくありません。けれど、やがてその効果に気がついたり、将来的に起きるかもしれないリスク対策としても役立つことに気がついたり… 理由や経緯は様々ですが、今は農家支援を積極的に行い、農家の生活を安定させながら、自社のビジネスを長期的に安定化させることに成功しているのです。一方で日本企業は、これまで商社任せでそうした努力を怠ってきたので、今そのツケを払わされていると言っていいでしょう。けれども、サプライチェーンを遡って農家を支援することは、安定的な調達のためには今や必要不可欠です。商社を含めて日本企業も、めんどうがらずに今からでも取り組みを始めなくてはなりません。そうしなければ、今後の価格高騰や不安定な供給に翻弄されることになってしまいます。幸いなことは、農家を支援する方法やそのサポート体制は既に整っているということです。必要なのは、やると決定し、投資することだけです。コーヒー、バニラ、オリーブオイル…原料高騰は他にももう一つ重要なことは、この問題はカカオ豆に限ったものではないということです。コーヒー、バニラ、オリーブオイルなど、他の原材料、特に熱帯産の原材料で同じ課題が存在しますし、今後、同様の影響を受ける農産物はどんどんと増えていくでしょう。食品メーカーたるもの、生産地やサプライチェーンに十分な注意を払うことが必要です。具体的に言えば、これまでは品質の良い原料を使っておいしいものをリーズナブルな価格で提供すれば良かったのですが、今後は高品質な原料を安定的に調達することと、高騰する原材料を使っても利益を出せるようにビジネスモデルや経営を変革することが求められているのです。まさに持続可能な経営が求められていると言っていいでしょう。次回の記事を読む:過剰な肥料にご用心【食品企業のためのサステナブル経営(第17回)】

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コーヒーの粉の再利用方法8選、効果と乾燥方法も解説

ドリップコーヒーを作った後に残る粉を新たな方法で活用できないかと考えていませんか。抽出後の粉を乾燥させれば、さまざまな方法で活用できます。知ると驚く意外な効果もあるため、特徴を活かした活用方法をチェックしてみましょう。この記事では、コーヒーの粉の再利用方法8選を紹介します。再利用前の下準備と、コーヒーかすが持つ効果も解説するので、ぜひ参考にしてみてください。コーヒーの出がらしは再利用できる!コーヒーかすが持つ効果ドリップコーヒーの抽出後に残る粉は一般的に捨てられることが多いですが、コーヒーの粉には優れた効果があり、さまざまなシーンで再利用できます。ここでは、コーヒーの粉が持つ3つの効果を解説しましょう。消臭効果|活性炭の5倍抽出後のコーヒーの粉には無数の穴があいていて、嫌な臭いを吸収します。不快臭の代表であるアンモニア臭も、コーヒーの粉を使えば消臭できます。粉にある無数の穴がアンモニアを捕まえ、粉内部の水分がにおいを溶解することで、抜群の消臭効果を発揮します。抽出後の水分を含むコーヒーの粉は、活性炭の約5倍の消臭効果があるとされています。おむつのごみ箱やトイレなどで活用できるでしょう。害虫駆除効果|虫がわくときにおすすめコーヒーに含まれるカフェインや強い香りを利用して、害虫駆除を行うことも可能です。すべての虫に効果が期待できるわけではありませんが、カフェインや強い香りが苦手な虫を追い払えます。効果が期待できる虫は以下の通りです。アリ蚊ネキリムシヨトウムシネコブセンチュウネキリムシやヨトウムシ、ネコブセンチュウ畑などでよく見かける虫です。野菜の成長を妨げる虫なので、菜園に虫が発生している場合は、コーヒーの粉を使って駆除することがおすすめです。土壌改良効果コーヒーの粉には、土壌を整えて作物を育てやすくする堆肥効果が期待できます。野菜や植物を育てているものの、なかなか上手に育たないとお悩みの方もいるでしょう。その理由は、土壌が整っていないからかもしれません。堆肥効果のある資材を使うことで、土壌が肥え、作物も育ちやすくなります。資材がなくても、コーヒーの粉があれば土壌を整えることができます。コーヒーの粉を乾燥させる3つの方法堆肥や虫除けに使う場合は、事前に乾燥させることが大切です。抽出後の粉をどうやって乾燥させればいいのか、ここで3つの方法を解説します。1.電子レンジで加熱する素早く、手間なく乾燥させたい方におすすめなのが電子レンジです。お皿にコーヒーの粉をのせて加熱するだけなので、時間がない方にもおすすめです。加熱時間の目安は、ドリップ2杯分に対し、600Wで3~4分です。乾燥させる量や電子レンジの機種に応じて加熱時間を変えましょう。2.フライパンで煎るフライパンや鍋でコーヒーの粉を煎ることで、簡単に乾燥させられます。焼くのではなく煎って作るので、火にかけた後はコーヒーの粉をこまめに動かさなければなりません。弱火でじっくり煎ることで粉の水分が抜けていきます。全体の水分が抜け、乾燥した状態になれば完成です。3.天日干しする新聞紙などに抽出後のコーヒーの粉を乗せて、日当たりのいいところに長時間置いておく方法もあります。天日干しをしている間は、2~3回ほど全体を混ぜましょう。混ぜ合わせることで、粉全体がまんべんなく乾燥します。季節や気温、天候にもよりますが、3つの方法の中でも特に時間がかかるため、時間に余裕がある方におすすめです。コーヒー豆抽出後の再利用方法8選抽出後のコーヒーの粉はいろいろな方法で活用できます。ここでは、コーヒーの粉の再利用方法を8つ紹介します。1.肥料・堆肥乾燥させたコーヒーの粉で土壌を整えたり、ほかの材料を混ぜ合わせて肥料を作ったりすることができます。乾燥させたコーヒーの粉を撒けば、土壌が整い、野菜も育ちやすくなるでしょう。乾燥させたコーヒーの粉を腐葉土と混ぜて発酵させれば、肥料が出来上がります。容器の中に2つを混ぜ入れ、毎日混ぜて発酵具合を確認しましょう。触れたときにほのかに温かければ、発酵が進んでいると判断できます。2.除草コーヒーに含まれるカフェインの効果を利用すれば、除草剤として活用できます。カフェインには植物の成長を妨げる効果があるとされているので、雑草が生える部分に撒いておきましょう。植物や野菜を育てている部分に撒くと逆効果になるため、撒く場所に注意が必要です。3.虫除けと猫除け一部の虫や猫は、コーヒーに含まれるカフェインや強い香りが苦手なため、虫除けや猫除けに使うこともおすすめです。虫対策は建物周辺に、猫対策には家の外壁や生け垣に撒くことで、侵入を防げます。4.消臭・脱臭剤乾燥させたコーヒーの粉を布や紙で包んだり、穴の開いた容器に入れたりすることで、消臭剤・脱臭剤として活用できます。消臭・脱臭目的で使う際は、必ず乾燥させたコーヒーの粉を使うようにしましょう。抽出後の粉をそのまま使うと、カビが生える恐れがあるため、逆効果になります。5.入浴剤コーヒーの粉をさらし袋に入れて、入浴剤にすることも可能です。さらし袋とは、納骨の際に使われる薄手の袋です。コーヒーの粉を入れてお湯に浮かべると、浴室がいい香りで満たされるため、リラックス効果を得られるでしょう。6.洗剤の代用コーヒーの粉は粒子が細かく、吸着力に優れているため、汚れ落としにも効果的です。食器や調理器具の汚れはもちろん、頑固な油汚れもコーヒーの粉をつければきれいに落とせます。また、コーヒーの粉は研磨剤としても使えるので、キッチンや洗面所、浴室の鏡に付着した水垢落としにも活用できます。粉はそのままだと使いにくいため、ティーバッグに入れてこすることがおすすめです。7.靴・金属磨きコーヒーの粉に含まれる油分は、靴や金属のツヤを出してくれます。薄手の布に包んだり、手袋に入れて磨いたりすることでツヤが出て、ワックスをかけたような仕上がりになります。ただし、コーヒーの粉には研磨剤としての効果もあるため、強く磨かないよう注意しましょう。8.染料・塗料抽出後のコーヒーの粉を煮出した液を使えば、服や小物をヴィンテージ風にアレンジできます。コーヒーの粉で染めると淡い茶色に代わるため、色合いに飽きてしまった服や小物の雰囲気を大きく変えられるでしょう。また、煮出した液は塗料としても使えます。家具に塗れば印象が変化するため、部屋全体の雰囲気を変えられるでしょう。コーヒーの粉の再利用で寄せられる質問コーヒーの粉の再利用を考えているけれど、「問題なく利用できるのか心配」という方もいるでしょう。ここでは、コーヒーの粉の再利用でよく寄せられる質問を紹介します。粉をそのまま撒いてしまった場合コーヒーの粉を乾燥させずにそのまま撒いてしまった場合は、早めに回収することが大切です。湿った状態のコーヒーの粉を撒くと、時期によってはカビが発生します。また、コーヒーの香りを苦手としない虫が集まってくる可能性もあるため、注意が必要です。乾燥させたコーヒーの粉なら、カビが生えるリスクや虫が集まってくる恐れがないため、安心して使えます。コーヒーの粉にゴキブリが寄ってこないためにコーヒー抽出後の粉をそのままにしておくとゴキブリが寄ってくるため、早めに捨てるようにしましょう。抽出後のコーヒーの粉は生ごみと同じなので、生ごみを好むゴキブリが寄ってきやすくなります。ゴキブリはコーヒーの強い香りを苦手としないため、早めに処置することが大切です。まとめドリップコーヒーの粉は、抽出後に再利用することが可能です。土壌の改良・消臭や脱臭、虫除け、洗剤の代用など、さまざまな方法で活用できます。抽出後の粉をそのまま使うとカビや虫が寄ってくる原因になるため、乾燥させてから再利用することがおすすめです。使い道がなく捨てていたものも、工夫次第で再利用できます。コーヒーの粉には複数の効果があるため、アイデア次第でさらに活用シーンを広げられるでしょう。

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農業の大革命が進行中!?【食品企業のためのサステナブル経営(第15回)】

前回の記事を読む:日本でも有機食品が増えつつある理由とは?【食品企業のためのサステナブル経営(第14回)】多くの食品原料は農業に依存しています。そして前回は、有機農業がこれまでの農業のやり方、いわゆる慣行農業に比べて環境負荷が低く、農水省も「みどりの食料システム戦略」の中で有機農業を2050年には25%(面積ベース)にまで拡大していこうと計画していることなどをお話ししました。また、健康のために有機農業に関心をもつ消費者も着実に増えています。しかし同時に、有機農作物は一般に価格が高く、供給も安定していないことから、使用する側としては一工夫必要です。また農家にとっても、有機農業は手間がかかる、面倒だという印象があるように思います。そして有機農業に切り替えることで農業に関わるすべての環境問題が解決するわけではありません。では、結局どうしたらいいのか? 慣行農業と有機農業の程よいバランスを見つけるしかないのでしょうか…。日本では多くの関係者が長らくそんな悩みを抱えていたと思うのですが、実は有機農業をはるかに凌ぐとても素晴らしい農法があり、それがいま世界では大注目を浴びているのです。それが再生農業(regenerative agriculture)です。日本ではまだ聞き慣れないと思いますが、この10年ぐらいの間に北米や欧州などで急成長し、今や穀物メジャーや有名食品企業がこぞって移行を始めています。再生農業(Regenerative Agriculture)の可能性まず、なぜ再生農業なのか、何を再生するのかというと、農業をしながら土壌、より正確に言うと土壌生態系を再生する(regenerate)のです。これまでの集約的な農業は土壌を疲弊させてしまうという問題がありましたが、この農法を使うことにより土壌生態系は再生され、その結果、収量も上がるというのです。具体的にどうするのかと言うと、一番基本になるのは不耕起、つまり土を耕さないことです。そして農薬はもちろん、肥料も基本的には使いません。化学肥料だけでなく、有機肥料も使わないのです。その代わりにいろいろな作物を同時に植えたり(間作)、またある作物を育てて収穫したら、同じところに今度は別の作物を育てる、つまり裏作を行い、一年中常に作物を育てるということが特徴です。肥料を使わずに作物が育つのかと疑問に思われるかもしれませんが、昔は田んぼを作る前にレンゲを植えていたことを覚えている方もいらっしゃるのではないでしょうか。マメ科のレンゲの根には根粒菌という細菌が共生しています。根粒菌は空気中の窒素(無機体)を植物が使える有機体に変える能力があり、レンゲに窒素分を供給してくれるのです。したがって、レンゲは肥料を与えなくてもよく育つのですが、農家は春になるとそのレンゲそのものを土にすき混み、イネの緑肥として使うのです。こうしてレンゲを育てる手間を加えることで、昔の人は窒素肥料があまりなくても、イネを育てることができたのです。こうした緑肥としてはマメ科植物が有名ですが、最近の研究で、実は多くの植物が土壌中の菌類と相互作用を持ち、お互いに支えていることがわかって来ました。植物は光合成で作った糖などを毛根から滲出し、細菌はこれをエネルギー源に活動し、窒素や微量元素などを植物に与えます。そのような共生関係でお互いを支えているようなのです。だから自然の生態系では、施肥をしなくても立派な森林が育つというわけです。そして複数の作物を育てることで、それぞれの作物と共生する微生物が異なることから、それらが相補的に機能し、様々な栄養素が供給され、肥料を使わなくても作物が十分に育つというのです。ところがこれまでの農業では土を耕すので、土壌中の菌類や細菌、そのつながりを乱してしまい、微生物が供給する栄養が不足し、肥料が必要となっていたというのです。これは、日本では自然農法と言われているものとほぼ同じ考え方です。畑由来のCO2を抑制、土壌水分や収量は増加あまりにうまい話でにわかには信じがたいかもしれませんが、実際に多くの国で成果を挙げており、それが故に、再生農業へ切り替える農家や食品会社が急速に増えているのです。実は再生農業が食品会社等に最初に着目されたのは、畑から発生する二酸化炭素の量が3割程度減少するからでした。企業はサプライチェーン全体で温室効果ガスの発生を減らすことが求められていますが、食品会社の場合には畑での発生量が圧倒的に多いために、それを減らすことは原理的に非常に難しいとこれまでは考えられていました。ところが再生農業ならば二酸化炭素の発生量が減らせるということで、多くの企業がこれに飛びついたのです。ところが実際に行ってみると、効果はそれに止まらないことがわかったのです。大気中への二酸化炭素の放出量は最大3割、少なくとも1割は減らせるのですが、その炭素は土壌中に有機炭素として貯留されます。同時に、土壌中に貯留される水分も増え、生産量は小麦で22.9%、トウモロコシで23.4%、コメに至っては41.9%も増えるというのです。(参考資料:“Common ground: restoring land health for sustainable agriculture”, IUCN (2020))世界で大注目の再生農業、日本での広がりに期待そして農薬も肥料も不要、毎春の耕起作業も不要になりますので、コストは大幅に減ります。収量が増えますので、既にこれらだけでかなりの収入増ですが、それに加えて間作や裏作の作物からの収穫もあります。収入は増えて支出は減り、トータルの純利益は大幅に増えるというわけです。では、農作業が増えるのではないか、大変になるのではないかと思われるかもしれませんが、これもむしろ少なくなるといいます。耕起はしませんし、間作のおかげで雑草は生えず、過剰な施肥もしないので害虫も発生しないのです。あまりにも良いことずくめで思わず眉に唾をつけたくなるほどですが、これがまさに再生農業がいま世界的に注目され、大ブームになりつつある理由なのです。不思議なことに日本では今まであまり知られていなかったのですが、最近はようやく興味を持つ食品会社も出てきました。また先に述べたように、「自然農」という呼び方では知られていましたが、非常に特殊な農法と捉えられており、あまり大きな広がりにはなっていません。もちろん日本で再生農業を行うためには、日本の気候風土や食習慣を考えて少しアレンジや調整が必要になるでしょうが、私はきっと近い将来、日本でも一気に広がるものと期待しています。そしてこの再生農業が、農業の常識と歴史を書き換えることになるのではないかとも予想しています。もしかすると私たちは、農業の大革命の目撃者になるのかもしれません。次回の記事を読む:どうする、カカオの暴騰?【食品企業のためのサステナブル経営(第16回)】

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日本でも有機食品が増えつつある理由とは?【食品企業のためのサステナブル経営(第14回)】

前回の記事を読む:サステナブル経営のための3つの疑問【食品企業のためのサステナブル経営(第13回)】あなたは有機食品と聞くと、どのようなイメージをお持ちでしょうか? 価格が高い。供給が不安定で取り扱いが難しい。ごく一部の限られた特殊なマーケットであり、自分たちとはあまり関係がない。そのように考えられる方がまだまだ多いのではないかと思います。地域ぐるみの有機農業に動く市町村と農業者たしかに少し前まではそう思われてもしかたない状況でしたが、この数年の間に日本国内での状況は急速に変化しています。消費者の意識の変化もありますが、最大の理由は農水省の「みどりの食料システム戦略」(以下みどり戦略)かもしれません。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、2021年に策定されたこの戦略で、農水省は2050年までに国内のオーガニック市場を拡大し、有機農業の取組面積を耕地面積全体の25%(100 万ha)に拡大することを目指すとしています。大変野心的な目標なのですが、現在日本での割合がわずか0.5%であることを考えると、これまで長く有機農業に関わってきた方々や団体からすら現実的でないとの声が上がったほどでした。けれども、実際にはこの計画はかなりうまく走り始めているようです。農水省では有機農業を地域ぐるみで推進する市町村、オーガニックビレッジを募集しており、目標を2025年までに100市町村、2030年までに200市町村としています。ところがなんと2023年度中にその数は93市町村となり、最初の予定はほぼ達成してしまったのです。この勢いであれば、2025年には2030年までの目標も易々と実現してしまうかもしれません。もちろん有機農業が実際に定着するかは別問題ですし、いろいろと問題も出てくるでしょう。しかし、農業従事者において有機農業への関心は確実に高まっているように思います。2021年秋以降の化学肥料の高騰に悲鳴を上げた農家が、有機農業に関心を持ったのかもしれません。日本の化学肥料の原料はほぼ100%海外からの輸入で、今後の国際情勢や為替を考えると、こうした化学肥料に依存することは間違いなく高コスト構造になってしまうからです。国が有機農業へと舵を切る要因一方、農水省が有機農業への転換に注力するのには、また別の要因がありそうです。みどり戦略は、EUが2020年に発表した農場から食卓(Farm to Folk)戦略をお手本にしたと言われています。こちらは2030年を目標年に、化学農薬の使用量を50%削減、化学肥料の使用量を少なくとも20%削減、 家畜および養殖に使用される抗菌剤の販売量を50%削減、一人あたり食品廃棄物を50%削減、そして有機農業の取り組み面積を少なくとも耕地の25%まで拡大することを掲げています。これはEUの持続可能な経済戦略であるグリーンニューディールの一環であり、2050年までにカーボンニュートラル(温室効果ガスの実質排出量ゼロ)で持続可能な経済に公正かつ包摂的に移行しようとするものです。そのためには環境負荷の大きい農業を、より持続可能なものに変革する必要があるのです。日本も2050年にカーボンニュートラルを達成することを掲げていますので、農業のあり方も同様に変換していく必要があります。その結果、政策もかなり似通って来て、みどり戦略では2050年までに農林水産業においてCO2ゼロエミッションを実現、化学農薬の使用量を50%削減、化学肥料の使用量を20%削減、有機農業取り組み面積割合を25%まで拡大としたのです。有機農業によりすべての環境問題が解決できるわけではありませんが、化学農薬の使用量を大幅に減らし、化学肥料を使用しない有機農業は、CO2の排出量を減らすと同時に土壌や水質を保護し、また生物多様性への影響を大幅に低くすることができます。そして農業そのものをよりレジリエント(回復力がある)で持続可能なものにすると考えられています。安全とおいしさを求める消費者のニーズももちろん需要側からのニーズもあります。有機食品の方が農薬や化学肥料の使用が制限されるため、有害な化学物質の摂取量を減らすことができ、安全と考えられるのです。また、有機食品の方が味わいが良く、栄養価が高いと考えている人たちもいます。これは必ずしも科学的に立証されてはいないのですが、確かに有機栽培された果物や野菜は、慣行栽培のものより美味しいように私も感じることがあります。また最近では、エシカルな消費をしたいという理由で有機食品を好む消費者も増えています。そうしたこともあり、有機食品を嗜好する消費者は一定数存在しますし、有機食品は高い価格で取引されるのです。特に海外への輸出を考えると、有機食品の方が好まれ、付加価値を高めてブランド化しやすいという傾向があるようです。価格の高さは原料として使用する際のデメリットにもなりますが、それとて有機栽培された原料を使っていることをアピールできれば販売価格に転嫁可能でしょうし、それ以上に付加価値を高めることも考えられます。となると問題は供給量が少ないことや、供給がしばしば不安定であることでしょう。しかし、今や大きな政策的な後押しがありますので、そうした問題も少しずつ解決していくでしょうし、何より有機食品に対するニーズは増えることはあっても減ることはなさそうです。だとすれば、これを積極的に扱わないない手はないと思います。そしてみなさんが有機食材の利用を増やしていけば、それが有機食品を普及させ、また有機食材の生産拡大を可能にして、供給にまつわる問題を解決していくことでしょう。そしてそれが環境問題の解決にも大きく貢献するとしたら、こんなに良い話はありませんね。それでもやっぱり有機は高いし、育てるのは大変だしねぇ… そう考える方には、実はもっとすごい農法があります(笑)それについては次回、詳しくお話しをしたいと思います。次回の記事を読む:農業の大革命が進行中!?【食品企業のためのサステナブル経営(第15回)】

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テクノロジーで食にイノベーションを!「フードテックビジネスコンテスト」|令和5年度受賞者のアイデアを一挙ご紹介

テクノロジーを活用した食の新産業創出を目指す「フードテック官民協議会」(事務局:農林水産省)は2024年2月3日(土)「未来を創る!フードテックビジネスコンテスト」の本選大会を、都内で開催しました。フードテックの認知度向上と新たなビジネスの創出が目的で、今回は二回目。会場では予選を通過した『アイデア部門5組・ビジネス部門7組』の計12組がプレゼンテーションを行いました。食品原料のBtoBマーケットプレイスを創り出そうとする当社(ICS-net株式会社)は、当コンテストに協賛の立場で参加。最優秀賞・優秀賞を含む受賞者5名のアイデアを、シェアシマinfoにて特別にシェアします!【アイデア部門・最優秀賞】循環型の施設園芸『棚田ポニックス』 遠崎 英史さん(株式会社プラントフォーム)株式会社プラントフォームの遠崎英史さんは、サステナブルな施設園芸「アクアポニックス」の営業開発を担っています。今回は「アクアポニックス」と日本の原風景でもある「棚田」を掛け合わせたアイデアで最優秀賞を受賞しました。『棚田ポニックス』とは『棚田ポニックス』とは「棚田」を利用した「アクアポニックス」のことです。アクアポニックスとは「アクアポニックス」とは、水産養殖の「Aquaculture」と水耕栽培の「Hydroponics」からなる造語で、魚と植物を同じシステムで育てる新しい循環型農業です。仕組みは魚を養殖する魚から出た排泄物を、バクテリアを通して植物の肥料に分解するその肥料を利用して植物を育てる植物が水を浄化し、その水を魚の養殖に利用するというもの。つまり「循環型」の農法で、水を捨てない、換えない、そして農薬と化学肥料も必要としない、いわば水で行う有機栽培であり、サステナブルを体言する地球に優しいエコ農業とも言われています。アクアポニックスは魚と植物を同じシステムで育て、同時に収穫することがで『棚田ポニックス』とはアクアポニックスでは、魚を育てる「養殖槽」、魚から出る排泄物を肥料に変える「ろ過槽」、作られた肥料で野菜を育てる「栽培槽」の3つの槽が必要となります。その3つの槽を、棚田を利用して運用するのが『棚田ポニックス』です。棚田を利用する純粋なメリットとしては落差ある地形・良質な水源が挙げられますが、その他にも、放置された棚田を有効活用することで、これまで棚田が担っていた災害予防や景観などの役割を維持するというメリットもあります。『棚田ポニックス』が解消を目指す3つの課題『棚田ポニックス』は、以下3つの課題の解消を目指しています。①人口高齢化問題人口高齢化に伴い、働き手不足が深刻化している現代。従事者の平均年齢が70歳を超えている農業も例外ではなく、離農の増加やそれに伴う耕作放棄地が問題となっています。IoTで管理を行う『棚田ポニックス』は、少ない人数で多くの農地を管理することが可能なため人口減少への対策として有効です。また、『棚田ポニックス』は地産地消の実現を目指しているため、今後大きな問題になるであろうドライバー問題にも貢献できると考えられます。②食料安全保障問題世界情勢が不安定な昨今、日本国内でも輸入食糧不足や価格の高騰などの影響が出てきています。食料自給率が低い日本にとっては、「食料の安定供給」は重要な課題と言えます。IoTで管理し、気候に大きく影響されない『棚田ポニックス』は安定した栽培をすることが可能です。それにより、食料自給率の向上や野菜価格の安定化につながります。また、魚を養殖できるため、近年問題とされている漁獲量減少問題への対応策としても期待できます。③環境温暖化、燃料問題『棚田ポニックス』は、養殖している魚の排泄物をバクテリアが肥料に分解し、植物はそれを養分として成長します。そのため、無農薬・無化学肥料栽培が可能です。また、設備として太陽光発電を備えるため、環境にも配慮した農法と言えます。『棚田ポニックス』のビジネスモデル『棚田ポニックス』では「養殖槽」でチョウザメを、「栽培槽」で小麦の栽培を行うことをビジネスモデルとして提案します。チョウザメをすすめる理由決して安価ではない初期費用がかかる『棚田ポニックス』ですが、チョウザメは高級食材として有名なキャビアが獲れるため高い収益性が期待できます。また、チョウザメの身も食用として販売可能なため、初期費用の早期投資回収が可能です。小麦をすすめる理由主食でありながら輸入に頼りがちな小麦。その理由として、国内での生産量の少なさと価格の高さが挙げられます。『棚田ポニックス』で小麦の生産をすることで、国内の小麦の生産量の増加、それに伴う低価格での提供が期待できます。小麦の国内自給率を上げることで、食料の安定保障へ一歩近づくと考えられます。関連URL:https://www.plantform.co.jp/問い合わせ先:https://www.plantform.co.jp/contact/