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食品もエシカルが求められる時代へ【食品企業のためのサステナブル経営(第18回)】

前回の記事を読む:過剰な肥料にご用心【食品企業のためのサステナブル経営(第17回)】


最近いろいろなところで「エシカル」という言葉を耳にするようになりました。食品で言えばフェアトレードのチョコレート、有機農業で作られた農作物やそれを原料にした食品、そして地域の作り手を支援するような食品などもエシカルの範疇に入ると言っていいでしょう。本連載で取り上げてきたテーマの多くが、エシカルと関連があるのです。

では、「エシカル」は「サステナビリティ」や「環境」とはどう違うのでしょうか? きちんと説明するのは難しいと思う方も多いでしょう。そこで、今回はその「エシカル」について解説したいと思います。

食品におけるエシカルな選択とは



「エシカル(ethical)」は、「倫理的な」や「道徳的な」という意味の英語です。日本では近年、「エシカル消費」や「エシカルな商品」という形で使われることが増えてきました。そのまま「倫理的な消費」と訳すこともできるのですが、それではちょっと硬いですし、具体的にどう「倫理的」なのかが気になるところです。

一般に「エシカル消費」と言ったときには、消費者が商品やサービスを選ぶ際に、その生産過程や使用が環境や社会に与える影響を考慮して選択することを指します。また、そうした消費者の志向に応えて、環境や社会に配慮して作られた商品が「エシカルな商品」です。

例えば、自然環境の破壊に結びつかないよう、環境負荷が少ない素材や生産方法とすること、あるいは原料を作る過程(サプライチェーン)を含めて労働者の適正な待遇や人権の尊重(児童労働や強制労働がない、健康や安全に配慮された環境できちんとした給与が支払われている)、またなるべく動物性の素材を使わないようにしたり、使う場合でも動物実験は回避したり、動物の権利を尊重するなどです。

このようなエシカルな選択は、Z世代の若い消費者を中心に支持が広がっており、彼らはエシカルな商品を積極的に購入することで、社会的に責任ある行動を示そうとしています。これは日本だけの傾向ではなく、世界的なトレンドであり、むしろ日本が最近になってこの流れに追随している状況です。

ある調査によれば、2023年に世界のエシカル食品市場は4500億ドル(約72兆円)に達したそうです。市場は年々拡大しており、2030年には7294億ドル(約117兆円)にまで拡大するといいます。日本ではまだあまり大きくないのですが、この調査では日本でも2030年には6兆円規模に成長すると予測しています。この市場の成長は、日本の食品メーカーにとっても大きなビジネスチャンスです。

出典:「消費をのみ込むエシカルの波」(日経ビジネス2023年7月21日)

エシカルな商品を作るには



こうした流れに乗るべく、エシカルな商品の競争力を高めるためには、どのような取り組みをしたらいいのでしょうか。本連載で取り上げてきたサステナビリティに関わるテーマ、さらに労働人権や動物福祉などがまさにエシカルに通じるものなのですが、問題は何をどこまですればエシカルと言えるかということです。

というのも、一口にエシカルと言っても、実はその範囲は非常に広く、様々なテーマ、課題があるのです。たとえば最近ヴィーガンへの関心が高まっています。健康的だからという理由もありますが、動物福祉を考えてヴィーガンになったという方も少なくありません。まさに「エシカル」が選択の背景にあるのです。では植物性であればなんでも良いのかと言えば、オーガニックである方が好ましいのは言うまでもありませんし、もっと言えば、どこで誰がどのように作ったものなのか、そこまで気にする消費者もいるかもしれません。そしてある特定の部分に対する配慮だけを取り上げて、「うちの商品はエシカルです」とアピールすると、「他の面はどうですか?」と聞かれたり、「この部分もきちんと考えていないのでは、それはウオッシュでは?」とかえって評判を落とすことすらあるのです。

ちなみにウオッシュとは、一見配慮しているように見えるけれども、厳密にはそうとは言えなかったり、あるいはわざと誤解を招くようにする行為を指し、近年大きな問題になっています。

ですので、できるかぎり全方位的に配慮することが求められる時代になって来ています。とは言っても、すべてのことに同じように取り組むのも難しいので、まずは何についてどこまで取り組めばいいのか、どこから手を付けたらいいのか? そういう疑問も出てくることでしょう。

8分野・43項目でエシカルの度合いを点検


実は私は、エシカルに関わる様々な分野の専門家や関連組織が集まる日本エシカル推進協議会(JEI)という団体の副会長を務めています。協議会ではこうした疑問に答えるために、私が責任者となり、今から3年近く前にエシカルであるための基準として「JEIエシカル基準」を策定し、公開しました。エシカルであることを目指すために、あるいは謳うためには、こうした事項に関してこのようなレベルの配慮が必要であると、8分野、43項目についてまとめた基準です。それぞれの項目を6レベルに分け、まずはどこから手をつけ、どのように進め、どこまで目指したら良いかが示されています。

JEIエシカル基準を公表いたしました​​」(日本エシカル推進協議会)

JEIエシカル基準がカバーする8分野

  1. 自然環境を守っている
  2. 人権を尊重している
  3. 消費者を尊重している
  4. 動物の福祉・権利を守っている
  5. 製品・サービスの情報開示をしている
  6. 事業を行っている地域社会に配慮・貢献している
  7. 適正な経営を行っている
  8. サプライヤーやステークホルダーと積極的に協働している



有機農作物などのように、いくつかの課題についてはより厳密な国際基準があり、またそれに合致していることを第三者が審査する国際認証制度もあります。ただし、そうした国際認証を取得するためにはかなりの労力とコストがかかります。特に中小企業の場合、気軽に取り組めるとは言い難いのも事実です。そこで中小企業も含めてすべての企業が取り組むことができるよう、JEIエシカル基準は、自分たちだけで取り組むことができ、また審査などのコストも不要で、無料で自由に使っていただけるものになっています。商品や経営をエシカルにすることは、エシカルな商品を求める消費者にアピールし商品の競争力を高めるだけでなく、そもそもビジネス道徳的に考えても好ましいことですし、また事業そのものをサステナブルにする効果もあります。ぜひJEIエシカル基準をご活用ください。

さらに、この基準の内容を推進していくために、より詳しい周辺情報や実際の取り組み事例を知りたいという声もありました。そこでこのたび、この分野に関わる58人の専門家に寄稿をいただき、その名も『エシカルバイブル』(日本エシカル推進協議会編著)という解説書を発行いたしました。私も全体の説明に加えていくつかの項目の解説をしています。これからエシカルな商品の開発や販売を考えている企業には、ぜひ参考にしていただきたいと思います。エシカルな取り組みを促進し、持続可能な会社になるための重要な一歩になるはずです。


次回の記事を読む:経済的にもサステナブルにするには【食品企業のためのサステナブル経営(第19回)】

執筆者プロフ
足立直樹

サステナブル経営アドバイザー。株式会社レスポンスアビリティ代表取締役。東京大学理学部卒業、同大学院修了、博士(理学)。植物生態学の研究者としてマレーシアの熱帯林で研究をし、帰国後、国立環境研究所を辞して独立。その後は、企業と生物多様性およびサステナブル調達の日本の第一人者として、日本の食品会社、飲料会社、流通会社、総合商社等の調達を持続可能にするプロジェクトに数多く参画されています。2018年に拠点を東京から京都に移し、地域企業の価値創造や海外発信の支援にも力を入れていて、環境省を筆頭に、農水省、消費者庁等の委員を数多く歴任されています。

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過剰な肥料にご用心【食品企業のためのサステナブル経営(第17回)】

前回の記事を読む:どうする、カカオの暴騰?【食品企業のためのサステナブル経営(第16回)】一つ前の回でいま世界が注目する「再生農業」を紹介しましたが、再生農業が従来の農業と大きく異なる点の一つに、肥料を基本的に使わないことが挙げられます。(農業の大革命が進行中!?【食品企業のためのサステナブル経営(第15回)】)これは、土壌生態系が豊かであれば、人間が肥料を追加しなくても必要な養分が土壌に存在するという考え方に基づいています。そして、再生農業は養分が十分に供給されるように土壌を豊かに再生することを目指しているのです。もしこのやり方が機能するとすれば、肥料を施す手間やコストを削減できるため、農家にとっては大きなメリットとなります。しかし、メリットはこれに留まりません。実は、肥料そのものにもいくつか重大な問題があるからです。肥料の問題点から再生農業を考えるそもそも、肥料は非常に大きな環境汚染源であることをご存知でしょうか。生物多様性の喪失が大きな地球環境問題となっていますが、その原因の一つが肥料による環境汚染なのです。環境汚染というと多くの方は化学薬品や農薬を連想すると思いますが、実際には肥料の影響が非常に大きいのです。なぜなら、そもそも農業は全世界で広く行われている人間活動であり、近代的な農業では肥料を与えることが常識化しています。そして、農家は生産性を上げようとして過剰に肥料を使用する傾向があるのです。作物や地域にもよりますが、一般に与えた肥料の半分程度、場合によっては3割ぐらいしか作物は吸収しておらず、残りは環境に放出されていると考えられます。そのため、過剰な肥料が周辺の土壌を、さらには下流地域を栄養化し、生態系を撹乱しているのです。このような環境問題を防ぐために、肥料を使わない再生農業は大きな利点を持つと言えます。環境だけでなく影響は人の健康にも過剰な肥料の問題はそれにとどまりません。人間の健康にも悪影響を与えています。肥料の主要成分は硝酸態窒素で、これは葉緑素をはじめとするタンパク質の原料として植物にとって重要です。しかし、植物が体内で使いきれなかった過剰の硝酸態窒素は、そのまま人間が摂取することになります。体内に入った硝酸態窒素の大部分は尿から排泄されるのですが、消化器官の中で微生物により還元され、亜硝酸態窒素となるものもあります。これが消化器官内で化学反応により発がん性が示唆されているニトロソアミンを作る可能性があるのです。つまり、硝酸態窒素が過剰な作物を摂取することは、人間の健康被害につながる恐れもあるのです。さらに亜硝酸態窒素が血液中のヘモグロビンと反応すると、酸素を運搬する機能のない血色素であるメトヘモグロビンを生成させてしまいます。乳幼児は胃酸の分泌が少ないため、特に​亜硝酸態窒素を生じやすく、この現象が発生しやすいとされます。メトヘモグロビンの濃度が高くなるとチアノーゼを起こし、さらには呼吸困難・意識障害などの症状を出現させ、最悪の場合死亡することもあります。乳幼児でこの問題が起きやすく、起きると全身が真っ青になることから、ブルーベイビー症候群と呼ばれて海外では恐れられています。農業による環境汚染の規制、日本ではこの問題は1945年にアメリカの農場で最初に報告されていますが、その後1970年代に欧州で大きな問題となり、農薬や家畜の飼育による土壌や水質の硝酸態窒素による汚染を防ぐための規制が導入されました。実は、これがGAP(Good Agriculture Practice)のきっかけです。GAPは欧州への農作物輸出の品質基準と認識されている方も多いと思いますが、実際には農業による環境汚染を防ぐための規制から始まったのです。また、EUでは葉物野菜について、残留硝酸態窒素濃度の基準値も定められており、これを超えたものは出荷できません。日本ではこの問題があまり顕在化しなかったため、一般にはあまり問題として認識されていません。そのために野菜の残留硝酸態窒素の基準も設けられていません。ところが実際に測定してみると、EUの基準より数倍、場合によっては桁違いに多い硝酸態窒素が検出されることも少なくないようです。日本でも水道水に対してはWHOのガイドラインと同じ10 mg/Lという基準が定められており、これはEUよりも厳しいのですが、井戸水や地下水にはそれ以上の硝酸態窒素が含まれていることがあるのでやはり注意が必要です。こうしたことは、最近になって日本の野菜を海外に輸出しようとしたときに問題になったのですが、もちろん問題の本質は輸出ができないということではありません。なにより日本人の健康にとって、大きな問題なのです。この問題を防ぐためには肥料の適正使用が重要ですが、再生農業のようにそもそも肥料を使わなくてすむのであれば、こうした問題も同時に解決することができるのです。農業生産と食品製造の課題は共に肥料に関わる問題は、直接的には農家にとっての課題であり、農家が中心になって取り組む必要があります。しかし、肥料を使わない、少なくとも使用量を減らして適正に使う農業が広がれば、農作物の品質が向上するだけでなく、生産コストも削減され、食品企業としても大きなメリットがあります。特にウクライナ危機以降、窒素肥料の価格が高騰し、日本だけでなく世界的な農作物の価格上昇の一因となっています。こうした状況を考えると、今は肥料の過剰利用を再考するにはとても良いタイミングと言えるかもしれません。そしてもちろん、これを単に農家の問題として捉えるべきではなく、食品メーカーが生産者と一緒にこの問題の解決に取り組むことに非常に意義があります。これは、日本の農業と食品をいろいろな意味でサステナブルにする絶好の機会なのです。次回の記事を読む:食品もエシカルが求められる時代へ【食品企業のためのサステナブル経営(第18回)】

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どうする、カカオの暴騰?【食品企業のためのサステナブル経営(第16回)】

前回の記事を読む:農業の大革命が進行中!?【食品企業のためのサステナブル経営(第15回)】カカオ豆の価格が急騰しています。3ヶ月で2倍、1年間で3倍になるというペースに驚いている、いえ、慌てている方も多いと思います。国際市場での価格も、4月に史上初の1トン1万ドルを突破しました。日本円に換算すれば160万円です。日本での価格がさらに高く感じられるのもむべなるかなです。原因は主な生産地である西アフリカにおける気候不順と病気の発生で、収穫量が40%も減少していることです。しかし、実際に輸入されるカカオ豆の価格にこの市場価格が反映されるのはまだこれからです。そして、今後もカカオ豆の価格がますます上がることはあっても、元の価格に戻ることはほぼないでしょう。なぜなら気候変動の影響は今後ますます大きくなりますし、病気や老朽化した木の植え替えには数年を要します。さらに新興国の市場の成長もあり、世界的にカカオ需要が増加しているのです。価格を押し上げる要因は多く存在しますが、下げる要因はほとんど見当たりません。もちろん農産物ですから、価格の多少の上下はあるでしょう。しかし、円安トレンドも今後継続するであろうことを考えれば、以前のような価格に戻ることはまずないと結論せざるを得ないのです。「カカオショック」本質的な対応策は?このような状況下では、ただ値上げを繰り返しても意味はありません。本質的な対策にならないだけではなく、顧客や市場を失うことになるのがオチです。ではどうするかですが、一つはビジネスを根本的に見直すことでしょう。誰に、何を、どのような価格で売るかということを、根本から設計し直す必要がありそうです。非常に重要なことですが、会社ごとに答えは変わってきますので、ここではこれ以上は立ち入らないことにします。もう一つ重要なのは、カカオ豆をどう安定的に調達できるようにするかです。これまでのように、ただ市場から購入したり、商社頼みで調達するのでは不十分であることは明らかです。実際、海外の大手ブランドは、すでにかなり以前からサプライチェーンに深く関与し、栽培方法の改善や労働環境の向上を図りながら、生産の効率化を進めています。いわゆる「持続可能な調達」が行えるよう、準備を進めてきたのです。そうしたブランドからすれば、現在のカカオショックは来るべきものが来たのに過ぎないでしょうし、むしろライバルを引き離すチャンスの到来だと思っているかもしれません。なぜ海外の有名ブランドがそのような準備を進めてきたかと言えば、気候変動の進行でカカオ豆が大きな影響を受けるであろうことは以前から分かっていたからです。気候変動は気温の上昇だけでなく、降水量の低下、降雨タイミングの変化など、作物の生育に大きな影響を与えますし、病気や病害虫の発生リスクが高まることもあります。こうしたことに予め備えておかなければ、いざ問題が発生したときに農家は大変な被害を受けることになります。しかし、農家にはそのような知識も対策を講じる経済的な余裕もありません。事前に準備をするためには、企業が支援をする必要があるのです。必要なのは農家の支援と投資そもそも、栽培方法が適切でなければ品質や生産性が良くないという問題もあります。また、カカオの木が古くなれば生産性は落ちていきますが、植え替えるためには大きな投資が必要であり、低収入の農家だけでは難しいのです。こうした農家に対して低利子の融資やマイクロファイナンスなどの金融支援を行うことは、安定的な調達につながり、結局は自分たちにもメリットがあるのです。もちろん日頃から適切な価格で買い上げることや長期契約を行うことも、農家の経営安定やモチベーション維持のために役立ちます。海外の大手ブランドであっても、環境や人権への配慮をNGOなどから求められて渋々始めたところも少なくありません。けれど、やがてその効果に気がついたり、将来的に起きるかもしれないリスク対策としても役立つことに気がついたり… 理由や経緯は様々ですが、今は農家支援を積極的に行い、農家の生活を安定させながら、自社のビジネスを長期的に安定化させることに成功しているのです。一方で日本企業は、これまで商社任せでそうした努力を怠ってきたので、今そのツケを払わされていると言っていいでしょう。けれども、サプライチェーンを遡って農家を支援することは、安定的な調達のためには今や必要不可欠です。商社を含めて日本企業も、めんどうがらずに今からでも取り組みを始めなくてはなりません。そうしなければ、今後の価格高騰や不安定な供給に翻弄されることになってしまいます。幸いなことは、農家を支援する方法やそのサポート体制は既に整っているということです。必要なのは、やると決定し、投資することだけです。コーヒー、バニラ、オリーブオイル…原料高騰は他にももう一つ重要なことは、この問題はカカオ豆に限ったものではないということです。コーヒー、バニラ、オリーブオイルなど、他の原材料、特に熱帯産の原材料で同じ課題が存在しますし、今後、同様の影響を受ける農産物はどんどんと増えていくでしょう。食品メーカーたるもの、生産地やサプライチェーンに十分な注意を払うことが必要です。具体的に言えば、これまでは品質の良い原料を使っておいしいものをリーズナブルな価格で提供すれば良かったのですが、今後は高品質な原料を安定的に調達することと、高騰する原材料を使っても利益を出せるようにビジネスモデルや経営を変革することが求められているのです。まさに持続可能な経営が求められていると言っていいでしょう。次回の記事を読む:過剰な肥料にご用心【食品企業のためのサステナブル経営(第17回)】