食料自給率は企業の力で上げられる【食品企業のためのサステナブル経営(第22回)】
前回の記事を読む:食料自給率の意味を考える【食品企業のためのサステナブル経営(第21回)】
前回は、日本の食料自給率は38%と先進国の中でも際立って低いこと、そして、実はこれが戦後に「作られた」低さであり、それが食品会社の事業を不安定にしている現実をお話ししました。今回はその続編として、一企業が自給率を上げることができるのか?についてお話ししたいと思います。
本当はもっと低い、日本の食料自給率
現在の日本の自給率の38%という値ですが、実はこの値すらかなりの過大評価であり、本当の自給率はもっと低いという指摘もあります。なぜなら通常農業を行うためには肥料が必要ですが、日本は化学肥料の原料をほぼ100%輸入しているからです。新型コロナやロシアのウクライナ侵攻で、2022年には肥料価格が一年間でなんと2倍近くに跳ね上がりましたが、このことは消費者以上に日本の農家を傷つけました。さらには、リン酸アンモニウムは90%を、尿素も37%を中国から輸入しており、今後の大きなリスク要因として気になるところです。万一こうした輸入肥料が使えなくなったとしたら、現在の農法では、国内生産量は半減してしまうと予測されます。
さらに自給率が比較的高い野菜においても、種子の9割は海外から輸入しています。もちろん国内の種苗会社もあるのですが、採種の畑はほとんど海外にあるのです。東京大学大学院農学生命科学研究科の鈴木宣弘教授は、こうした現状を踏まえると、日本の本当の自給率は10%にも満たないと試算しています。
「国産」はリスク回避のための選択肢
いや、まぁそれはたしかに重要な話だけれど、うちの会社一社でどうにかできる問題ではない。国が政策として取り組むべき課題だろう、そういう声が聞こえてきそうです。たしかに国に一番頑張っていただきたいところなのですが、これは食品会社にとっての死活問題でもあるのです。そのリスク対策として個社でも対策をすべきですし、できることもあります。
それは第一に、なるべく国産の原材料を使うことです。近隣で生産された原材料を使うのが一番ですが、すべてのものが近隣で賄えるわけではないでしょうから、その場合にはまずは国産で良いでしょう。これは国際紛争などのリスクや円安の影響を回避するだけでなく、国内生産者を支援し、そうした問題を将来的に発生しにくくするという効果があります。また輸送距離が短くなるので、いわゆるフードマイレージも小さくなり、温室効果ガスの発生のほか、輸送にまつわる環境負荷を減らすことができます。
使用する原材料の種類によってはどうしても国産では無理、海外からの原材料を使わざるを得ないというケースもあるでしょう。そんな場合でも、それがどこから来ているのかを確認し、調達地を分散させることはリスク回避になりますし、できれば調達地と直接つながっておくとさらに安心です。どこ産でも構わないからとにかく一番安い原料を使うというやり方では、何か起きたときに対応ができなくなってしまいますし、そうした考え方は次第に消費者からも支持されなくなりつつあります。
付加価値を作ることが経営の本質
しかし、近場や国産の原材料にこだわると、原材料コストがかさんでしまう。そんなことは無理だ、という意見の方もいらっしゃるでしょう。たしかにそういう点は否定できません。ただし、今後、輸入原材料の価格が高騰した場合には、国産原材料の方が価格が安くなったり、少なくとも価格差が小さくなっていくことは十分に考えられます。そして何より、コストや価格のみを競争優位性とすることのリスクを理解して欲しいと思います。国産の原材料を使って若干コストが高くなったとしても、それを上回る付加価値を作ればいいのです。もっと言えば、そうした付加価値を作ることがサステナブル経営、いえあらゆる経営の本質なのです。価格で競争するのは、けっして持続可能ではありません。
自給率向上のための政策提言の意義
もちろんそのようなやり方がすべての商品にいきなり適用できるわけではないかもしれません。また、やはり一社でできることには限界はあるでしょう。ですから、次のステップは、そうした国産原材料を使うことを重視する食品メーカーが集まり、自給率を高めようという世論を喚起し、自治体や国に支援策を求めることです。ちなみにアメリカを含めて多くの国では生産者に莫大な補助金を支払い、そのことで高い自給率を維持しています。
こうした政策提言は特定企業の利益のためではなく、地域や日本という国全体の安全と持続可能性のために役立つことですので、多くの消費者や関係者から支持されるでしょう。そして、そのような声を上げた企業は、消費者を含めて国全体のことを考える企業として、評判を高めることができます。つまり、これはブランディングにもつながるのです。
このように問題の本質を捉え、それを解決することを自ら実践し、またその意義を広くアピールすることは、サステナブル経営の本道と言えるでしょう。ピンチは次のチャンスのきっかけでもあるのです。
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前回の記事を読む:崖っぷちの水産業と食品業【食品企業のためのサステナブル経営(第20回)】前回は水産業に関わる方が高齢化で減少しているため、日本の水産業は危機的だという話をしました。しかしこれは水産業に限った話ではありません。農業も同様です。しかも、農業に関してはもともと食料自給率が非常に低いという問題があります。日本の食料自給率は38%前後で先進国の中でも最も低いのです。先進国の中できわめて低い、日本の食料自給率引用:農林水産省「世界の食料自給率」自給率は低くても、食材は海外から輸入した方が安いのだからそれで問題ないじゃないか。コストを抑えるのが一番のポイントだ。そう考える方も多いと思うのですが、そんなやり方がいつまで続けられるのでしょうか。最近の輸入食品原料価格の高騰を見て、不安に感じ始められた方も多いはずです。そうは言っても日本は国土が狭いし、賃金は高いし、食料自給率を高くすることは無理だ、そう考える方も多いでしょう。しかし、それは必ずしも正しくないのです。なぜなら日本の自給率は、他の先進国と比べてもきわめて低いからです。先進国の中でもカナダ、オーストラリア、アメリカ、フランスは、自給率が100%を超えています。土地が広く、人口密度も低い国なので、当然と思われるかもしれません。けれども日本と似たような条件であるはずのドイツ、イギリス、イタリアでも、自給率は60〜80%台です。自給率が、面積や賃金だけで決まってしまうわけではなさそうです。人口減でも下がり続ける食料自給率、なぜ?そういう日本も、1960年頃の自給率は80%近くありました。人口は今の3/4でしたが、国土面積はもちろん同じです。その頃とまったく同じというわけにはいかなくとも、今よりずっと高い自給率は可能なはずです。けれども、日本の自給率は一貫して下がり続けているのです。なぜなのでしょうか?日本の自給率がわずか60年の間に半分以下に減ってしまった理由は複合的なものです。まず一つには、食事の内容が洋風化したことがあげられます。伝統的な和食から、肉や乳製品、油脂を多用した食事に変化したため、国内だけでは賄うのが難しくなってしまったのです。ただし、これには新たなマーケットを作るために食生活を変化させたという面もあったはずですし、そのことで潤った企業もあるでしょう。そして一番大きな原因は、農業から製造業へと経済構造を政策的に変化させたことでしょう。製造業で外貨を稼ぎ、食料はそのお金で買った方が「効率が良い」と国が考え、そのために様々な政策が取られたのです。実際、日本の製造業が大きな成功を収めていた時代、すなわち1980年代ぐらいは、この戦略は大変うまく機能していました。しかし1990年代のバブル崩壊以降、日本経済が停滞すると、その後はデフレの嵐だったのは皆さんよくご存じの通りです。それでも当初はまだ海外、特に途上地域に生産をシフトすることでコストを下げる余地があったので、デフレ競争を続けることができました。しかし、その間に日本の生産者はますます苦境に立たされます。そして最近では海外で生産してもこれ以上のコスト削減は難しくなり、また気候変動や国際紛争などにより、輸入食材の価格が急上昇、ついに国内でも食品価格の値上げラッシュとなったというわけです。輸入頼みのリスクを、無視できない時代にこのように経済的な要因から、もっと言えば、どうすればコストを下げられるのか、儲かるのかという経済的な理由で日本の食のシステムは大きく変化させられ、特に国内の原材料生産の現場は傷つけられて来たのです。しかし、今や「海外から安い食品を買ってくれば良い」という考え方の前提条件は完全に崩れてしまっています。さらに最近の世界情勢を見ると、政情不安は簡単に解消しそうにはありませんし、気候危機の緩和は十分には進まず、影響は大きくなるばかりです。つまり、もしお金が十分にあったとしても、海外からの輸入に大きく頼る構造ではリスクが高いことがはっきりしてきました。そう考えると、日本も本気で自給率を高めることを考えるべき時代になっていると私は考えますが、いかがでしょうか。皆さん方の会社がいくらおいしくて魅力的な商品を作る能力をお持ちだとしても、原材料が入手できなくなったり、原材料価格が高騰してしまったら、商売は続かないからです。何がなんでも自給率100%を目指す必要はないかもしれませんが、まずはイギリスやイタリアと同じ60%ぐらいを目指すのが現実的なのではないでしょうか。平時からこの程度の自給率を維持できていれば、いざという時にもギリギリなんとかできる可能性があるからです。ではどうしたらいいのか? 一企業が自給率を上げることができるのか? については、次回詳しくお話いたします。今回は、この自給率の低さが食品会社の事業を今や不安定にしているのだ、ということをまずご理解いただければと思います。次回の記事を読む:食料自給率は企業の力で上げられる【食品企業のためのサステナブル経営(第22回)】
崖っぷちの水産業と食品業【食品企業のためのサステナブル経営(第20回)】
前回の記事を読む:経済的にもサステナブルにするには【食品企業のためのサステナブル経営(第19回)】少し前になりますが、8月30日に農林水産省が「2023年漁業センサス」の結果を発表しました。センサスとは一般には国勢調査のことですが、漁業センサスは、漁業者(漁業経営体等)の数を全国一斉に調べるものです。1949年(昭和24年)から5年おきに実施されており、今回で15回目となります。今回の結果によると、日本の漁業経営体数は6万5,652経営体で、5年前に比べて17.0%の減少、10年前に比べるとなんと30.5%も減少しています。海面養殖の経営体数は12.8%の減少ですが、沿岸漁業では18.1%減とより減少が顕著でした。想像を超える速さで進む、水産業の衰退実は私は、近年の水産資源の減少により沿岸漁業は減少しても、これを補うために海面養殖はむしろ増加しているのではないかと思っていました。しかし、現実は私の予想とは異なり、海面養殖においても大きな減少が見られたのです。そしてさらに驚いたのは、トラフグやクルマエビ、ノリ、真珠といった価格が高く、需要も旺盛であろうものの養殖の経営体数は減少していることです。こうした付加価値の高い水産物でさえ、事業の存続が厳しい状況に直面しているということであり、日本の水産業全体の衰退を示唆するものです。もう少し詳しく、経営組織別で見てみると、個人経営体で17.0%減、共同経営は21.2%減、漁業協同組合が5.5%減となっています。一方で、企業経営による漁業事業体は、5年前の2,548社から2,646社へと3.8%ですが増加しています。最近の漁業法改正により、企業による漁業への参入が促進されたものと思われます。それでも、個人経営体などの減少を補い水産業の縮小を食い止めるにはまだ不十分です。水産業にも押し寄せる高齢化の波個人経営体が急速に減少している理由はいくつか考えられますが、やはり大きな要因は漁業関係者の高齢化でしょう。今回のセンサスによれば、実際に過去1年の間に漁業を行った方(漁業従事世帯員・役員)の総数は102,190人で、5年前に比べて32,276人、つまり24%も減少しています。そして漁業従事世帯員のうち過半数の50.7%の方が65歳以上なのです。少し定義が異なるのですが、漁業就業者数で見てみると、現在の人数は121,239人で、5年前に比べて20.1%の減少です。こちらについては年齢階層別の数も示されているのですが、全年齢階層において減少しているものの、もっとも大きく減少したのは65〜69歳の階層、それ以外でも50歳以上の減少が目立ちます。そもそも漁業従事者の過半数は既に高齢者であり、若年層の参入が極めて少ないのですから、今後、漁業従事者がさらに減少してしまうことは明らかです。こうして数字で見ると、あらためて日本の水産業が置かれた危機的な状況が浮かび上がってきます。漁業従事者の減少は、そもそも水産業全体が停滞、あるいは縮小しているから故でしょう。その背景には水産資源量の減少(十分に獲れない)、消費者の魚離れ(売れない)が重なり、漁業経営が難しくなっているという現実があります。少子高齢化の日本において、そういう事業をわざわざ継承したり参入しようという方は多くはないでしょう。新規参入者がいないのですから、あとは時間の問題です。そしてこのことがさらに水産業を停滞、縮小させてしまうでしょう。安定的な食料システムへ、漁業センサスが示すことさて、今回長々と漁業センサスの話をしたのは、単に日本の水産業の窮状をお伝えしたいからではありません。もちろんかつて「水産王国」と呼ばれた日本の水産業が、わずか40年でここまで崖っぷちに追い込まれているのはショッキングで由々しきことですが、これは水産業に限ったことではないのです。農業でもやはり同様のことが起きています。5年後さらには10年後、今の水産業や農業を辛うじて支えている方々が仕事を続けられなくなったとき、私たちの食を一体誰が、どう支えるのかという問題を考えなくてはなりません。その時は海外から輸入すれば良いではないかという意見もありますが、そんなに簡単な話ではないことは、これまでの連載をお読みくださっている方ならもうお分かりでしょう。今後さまざまなリスク要因が増えたり、大きくなる中、安定的に原料を調達し、商品を作るためには、もっと安定的な食料システムを目指す必要があります。そもそも食は、単に原料を買ってきて作ればいいと言うものではありません。原料を調達することは、原料を提供してくださる方々の生活を私たちが経済的に支えているということです。また私たちが作った商品を消費者の方々が買ってくださるので、私たちのビジネスも支えられているのです。この支え合いの構造をいかに強くしていくか、いかに持続可能なものにしていくかということこそ、サステナブル経営の真髄と言っていいでしょう。未来を見通して、足元の生産地を支えるこれまで私たちは利便性や経済性にばかり目が行きがちでした。安い原料、目新しい原料を探すことに注力し過ぎたが故に、私たちは足元の生産地を支えることを忘れてしまい、今その生産現場が崩れ落ちようとしているのです。前回も述べましたが、安さを追求し続けることは、結局は経営のサステナビリティを危うくしますし、社会の成長の機会と安定性を損ないかねません。おいしさ、安さ、安全性、健康… 消費者の方々にこうした志向をあるのはたしかですが、だからと言って単にそれに対応しているだけではサステナブルにはなりません。現にこのままでは、水産業の現場は、次の漁業センサスのときには今以上に深刻な状況になっているでしょう。その未来は既にほぼ見えており、それを予見して手を打つのがサステナブルな経営です。これは水産業だけの問題ではないのです。次回の記事を読む:食料自給率の意味を考える【食品企業のためのサステナブル経営(第21回)】
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前回の記事を読む:食品もエシカルが求められる時代へ【食品企業のためのサステナブル経営(第18回)】1ドル160円を超える超円安が一服し、海外からの輸入原料の価格も若干落ち着いてホッとしている方も多いかもしれません。しかし、それでも依然としてかなりの円安ですし、今後、再びより円安に進む可能性もあり、予断を許さない状況です。もちろん円安だけでなく、原材料そのものの価格や食品価格が世界的に高騰していることも忘れてはなりません。本連載の第16回ではカカオ豆の暴騰の問題を取り上げましたが、その傾向は今も続いています。こうした問題に対しては、やはり根本的な解決、すなわち農場のさまざまな問題に対応し、安定的な生産ができるよう農家を支援していくしかないでしょう。市場から買い付けているだけでは、今後もこうした価格の乱高下に右往左往することになります。最近ではオレンジジュースの原料が高騰しています。それどころか、入手すらできなくなったメーカーは販売を中止しています。これまでには有り得なかった事態です。根本的な解決のためには、カカオの場合と同様で、農家を支援するなどの対策が必要です。まさにサステナビリティの課題そのものですが、今回はその経済的な側面について考えたいと思います。下がり続けてきた食品価格、悪循環は業界全体に日本では20年以上にわたりデフレ傾向が続き、企業は商品価格を下げることを競い、その結果、消費者は1円でも安い商品を求め、企業はそれに応じてさらに価格を下げざるを得ませんでした。その結果、一体何が起きたのでしょうか?値下げで一時的に売り上げを維持することはできたかもしれませんが、利益率は低下し、従業員の給与を上げることが難しくなったり、サプライヤーに対しても値下げを強く求める企業が増えたのではなかったでしょうか。その結果、働く人々は疲弊し、退職してしまった方もいるでしょう。しかし、低い給料のままでは、新たな人材を確保することも難しかったはずです。少ない人数で同じ仕事を回すことになれば、現場はさらに疲弊します。サプライヤーも同様です。場合によっては、商売から撤退せざるを得なくなったサプライヤーもあったでしょう。困るのは発注側です。こうした悪き値下げの連鎖が調達を不安定にすることはなかったと断言できる企業は、どのぐらいあるでしょうでしょうか? つまり、無理なコスト削減は、様々な環境や労働問題の原因にもなり、業界全体の問題を深刻化させ、経営を持続不可能なものにしてきたのです。もちろん、お手頃な価格は大きな魅力であり、消費者はそれを歓迎するでしょう。企業がそれに応えることも重要ですが、問題はどうやって、どの程度まで行うかです。企業努力によるコスト削減と無理なコストカットは全く異なるものだからです。無駄をなくすことは大切ですし、最初のコストカットには大きな効果があります。しかし、コスト削減を永遠に繰り返すことは不可能です。やがてコスト削減は限界に達しますし、そうしたコスト競争においては、大規模にビジネスを行う大手企業が有利になります。中小企業や零細企業が苦境に立たされるのです。その結果、市場の寡占化が進み、ますます大資本が有利な状況が強化されます。消費者のための「企業努力」が裏目にまた、今のような原材料価格の高騰が発生した場合、十分な利益を確保してこなかった企業は対応が非常に難しくなります。新たな対策を打ち出そうにも、そのための資金が手元にないからです。今後、サプライチェーン最上流の農家を支援することはますます重要になりますが、そのためには十分な体力、つまり利益を上げていることが不可欠なのです。当たり前のことですが、ビジネスを持続するためには、適切な利益を上げ、それを従業員やサプライヤー、そして将来のために投資することが必要です。コストカットだけでは、そのために必要な原資を生み出すことはできないのです。私は、食品企業に限らず、日本の経済力が低下してしまった大きな原因の一つは、過度の価格競争に陥り、コストカットのみに注力したことにあったと考えています。私たちが本来目指すべき経営は、良い品物を作り、その価値に見合った価格で販売し、しっかりと利益を得ることです。それは強欲でもなんでもなく、次の発展に投資するために必要なことなのです。それなしに発展はできません。価格を下げるだけでは一時凌ぎにはなっても、長期的な成功には結びつかないのです。価格を上げると消費者がついてこなくなるという声もあるでしょうが、それもこのデフレが問題なのです。緩やかに価格が上昇する経済では、給与も上がり、消費者の収入も増えますので、価格上昇にも対応できます。ところが日本の場合には、商品価格も、給与も、すべてが下がって余裕がなくなってしまったので、いざ価格が上昇し始めた時にそれに対応することが難しい状態になってしまったのです。消費者のためにと思って行ってきた「企業努力」が、結局は消費者の購買力を成長させず、自分たちの首を絞めることになってしまったというわけです。サステナブル経営のため、知恵と工夫で利益を生むそれでは、一体どうしたら良いのでしょうか? 企業にとって本当に重要なのは、売上高ではなく利益を維持することです。現在のようにインフレ傾向が続く状況では、適正な価格を設定し、適正な利益を確保することがまず重要です。たとえ売り上げは減ったとしても、きちんとした利益を確保することができれば、将来に投資することはできます。投資するだけの利益を得てないとしたら、それは経営の失敗です。この連載の一番の目的は、経営を持続可能にすることです。サステナビリティ課題への配慮は、それが正しいこと、求められていることだからでもあるのですが、それをしないことにはもはや経営は持続できないからです。そしてもう一つ経営を持続可能にするためには、経済的にも持続可能になることを目指さなければなりません。そのためには適正な利益を上げ、それを将来に投資することが必要不可欠なのです。そこまで含めて、サステナブルな経営です。ただし、「コストが上がったから値上げします」と言うのでは芸がありません。もちろん今のように全社が横並びで値上げをするような状況であれば、止むを得ず受け入れられるかもしれませんが、それがいつまでも続くわけではありません。ただ値上げをするのではなく、顧客に対して新たな価値を提供し、その価値に見合った価格を設定することが必要なのです。そのためには、知恵と工夫が必要です。例えば途上国のマーケットでよく行われて来た手法としては、パッケージを小型化・細分化することで、消費者が一度に支払う金額を減らし、購入しやすくするというやり方です。単位量あたりの価格は上がってしまうのですが、支払額が少なくなるため、消費者からは喜ばれ、無駄や廃棄物の削減にもつながります。もちろん企業にとっては、利益率が増えるので、購買力がまだ弱いマーケットでもビジネスが成り立つのです。ただし、パッケージを小型化することで廃棄物が増えてしまう可能性もあるため、その点には注意が必要です。これに対応して、最近では量り売りを復活させるというアイデアを実行する小売店も登場し、注目されています。これまでの常識に囚われず、新しい価値創造を考え、実行することが必要です。コストカットだけを続けるのは悪手であり、持続可能ではありません。経営が目指すべきは、より高い価値を提供し、その対価としてより高い利益を得ることです。またそうした価値創造が可能な環境を整えていくことです。サステナビリティ経営とは、そのための経営であり、それを成功させるためには常に未来を見据え、また現在起きている変化を常に注意深く観察することが必要なのです。次回の記事を読む:崖っぷちの水産業と食品業【食品企業のためのサステナブル経営(第20回)】
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前回の記事を読む:過剰な肥料にご用心【食品企業のためのサステナブル経営(第17回)】最近いろいろなところで「エシカル」という言葉を耳にするようになりました。食品で言えばフェアトレードのチョコレート、有機農業で作られた農作物やそれを原料にした食品、そして地域の作り手を支援するような食品などもエシカルの範疇に入ると言っていいでしょう。本連載で取り上げてきたテーマの多くが、エシカルと関連があるのです。では、「エシカル」は「サステナビリティ」や「環境」とはどう違うのでしょうか? きちんと説明するのは難しいと思う方も多いでしょう。そこで、今回はその「エシカル」について解説したいと思います。食品におけるエシカルな選択とは「エシカル(ethical)」は、「倫理的な」や「道徳的な」という意味の英語です。日本では近年、「エシカル消費」や「エシカルな商品」という形で使われることが増えてきました。そのまま「倫理的な消費」と訳すこともできるのですが、それではちょっと硬いですし、具体的にどう「倫理的」なのかが気になるところです。一般に「エシカル消費」と言ったときには、消費者が商品やサービスを選ぶ際に、その生産過程や使用が環境や社会に与える影響を考慮して選択することを指します。また、そうした消費者の志向に応えて、環境や社会に配慮して作られた商品が「エシカルな商品」です。例えば、自然環境の破壊に結びつかないよう、環境負荷が少ない素材や生産方法とすること、あるいは原料を作る過程(サプライチェーン)を含めて労働者の適正な待遇や人権の尊重(児童労働や強制労働がない、健康や安全に配慮された環境できちんとした給与が支払われている)、またなるべく動物性の素材を使わないようにしたり、使う場合でも動物実験は回避したり、動物の権利を尊重するなどです。このようなエシカルな選択は、Z世代の若い消費者を中心に支持が広がっており、彼らはエシカルな商品を積極的に購入することで、社会的に責任ある行動を示そうとしています。これは日本だけの傾向ではなく、世界的なトレンドであり、むしろ日本が最近になってこの流れに追随している状況です。ある調査によれば、2023年に世界のエシカル食品市場は4500億ドル(約72兆円)に達したそうです。市場は年々拡大しており、2030年には7294億ドル(約117兆円)にまで拡大するといいます。日本ではまだあまり大きくないのですが、この調査では日本でも2030年には6兆円規模に成長すると予測しています。この市場の成長は、日本の食品メーカーにとっても大きなビジネスチャンスです。出典:「消費をのみ込むエシカルの波」(日経ビジネス2023年7月21日)エシカルな商品を作るにはこうした流れに乗るべく、エシカルな商品の競争力を高めるためには、どのような取り組みをしたらいいのでしょうか。本連載で取り上げてきたサステナビリティに関わるテーマ、さらに労働人権や動物福祉などがまさにエシカルに通じるものなのですが、問題は何をどこまですればエシカルと言えるかということです。というのも、一口にエシカルと言っても、実はその範囲は非常に広く、様々なテーマ、課題があるのです。たとえば最近ヴィーガンへの関心が高まっています。健康的だからという理由もありますが、動物福祉を考えてヴィーガンになったという方も少なくありません。まさに「エシカル」が選択の背景にあるのです。では植物性であればなんでも良いのかと言えば、オーガニックである方が好ましいのは言うまでもありませんし、もっと言えば、どこで誰がどのように作ったものなのか、そこまで気にする消費者もいるかもしれません。そしてある特定の部分に対する配慮だけを取り上げて、「うちの商品はエシカルです」とアピールすると、「他の面はどうですか?」と聞かれたり、「この部分もきちんと考えていないのでは、それはウオッシュでは?」とかえって評判を落とすことすらあるのです。ちなみにウオッシュとは、一見配慮しているように見えるけれども、厳密にはそうとは言えなかったり、あるいはわざと誤解を招くようにする行為を指し、近年大きな問題になっています。ですので、できるかぎり全方位的に配慮することが求められる時代になって来ています。とは言っても、すべてのことに同じように取り組むのも難しいので、まずは何についてどこまで取り組めばいいのか、どこから手を付けたらいいのか? そういう疑問も出てくることでしょう。8分野・43項目でエシカルの度合いを点検実は私は、エシカルに関わる様々な分野の専門家や関連組織が集まる日本エシカル推進協議会(JEI)という団体の副会長を務めています。協議会ではこうした疑問に答えるために、私が責任者となり、今から3年近く前にエシカルであるための基準として「JEIエシカル基準」を策定し、公開しました。エシカルであることを目指すために、あるいは謳うためには、こうした事項に関してこのようなレベルの配慮が必要であると、8分野、43項目についてまとめた基準です。それぞれの項目を6レベルに分け、まずはどこから手をつけ、どのように進め、どこまで目指したら良いかが示されています。「JEIエシカル基準を公表いたしました」(日本エシカル推進協議会)JEIエシカル基準がカバーする8分野自然環境を守っている人権を尊重している消費者を尊重している動物の福祉・権利を守っている製品・サービスの情報開示をしている事業を行っている地域社会に配慮・貢献している適正な経営を行っているサプライヤーやステークホルダーと積極的に協働している有機農作物などのように、いくつかの課題についてはより厳密な国際基準があり、またそれに合致していることを第三者が審査する国際認証制度もあります。ただし、そうした国際認証を取得するためにはかなりの労力とコストがかかります。特に中小企業の場合、気軽に取り組めるとは言い難いのも事実です。そこで中小企業も含めてすべての企業が取り組むことができるよう、JEIエシカル基準は、自分たちだけで取り組むことができ、また審査などのコストも不要で、無料で自由に使っていただけるものになっています。商品や経営をエシカルにすることは、エシカルな商品を求める消費者にアピールし商品の競争力を高めるだけでなく、そもそもビジネス道徳的に考えても好ましいことですし、また事業そのものをサステナブルにする効果もあります。ぜひJEIエシカル基準をご活用ください。さらに、この基準の内容を推進していくために、より詳しい周辺情報や実際の取り組み事例を知りたいという声もありました。そこでこのたび、この分野に関わる58人の専門家に寄稿をいただき、その名も『エシカルバイブル』(日本エシカル推進協議会編著)という解説書を発行いたしました。私も全体の説明に加えていくつかの項目の解説をしています。これからエシカルな商品の開発や販売を考えている企業には、ぜひ参考にしていただきたいと思います。エシカルな取り組みを促進し、持続可能な会社になるための重要な一歩になるはずです。次回の記事を読む:経済的にもサステナブルにするには【食品企業のためのサステナブル経営(第19回)】
過剰な肥料にご用心【食品企業のためのサステナブル経営(第17回)】
前回の記事を読む:どうする、カカオの暴騰?【食品企業のためのサステナブル経営(第16回)】一つ前の回でいま世界が注目する「再生農業」を紹介しましたが、再生農業が従来の農業と大きく異なる点の一つに、肥料を基本的に使わないことが挙げられます。(農業の大革命が進行中!?【食品企業のためのサステナブル経営(第15回)】)これは、土壌生態系が豊かであれば、人間が肥料を追加しなくても必要な養分が土壌に存在するという考え方に基づいています。そして、再生農業は養分が十分に供給されるように土壌を豊かに再生することを目指しているのです。もしこのやり方が機能するとすれば、肥料を施す手間やコストを削減できるため、農家にとっては大きなメリットとなります。しかし、メリットはこれに留まりません。実は、肥料そのものにもいくつか重大な問題があるからです。肥料の問題点から再生農業を考えるそもそも、肥料は非常に大きな環境汚染源であることをご存知でしょうか。生物多様性の喪失が大きな地球環境問題となっていますが、その原因の一つが肥料による環境汚染なのです。環境汚染というと多くの方は化学薬品や農薬を連想すると思いますが、実際には肥料の影響が非常に大きいのです。なぜなら、そもそも農業は全世界で広く行われている人間活動であり、近代的な農業では肥料を与えることが常識化しています。そして、農家は生産性を上げようとして過剰に肥料を使用する傾向があるのです。作物や地域にもよりますが、一般に与えた肥料の半分程度、場合によっては3割ぐらいしか作物は吸収しておらず、残りは環境に放出されていると考えられます。そのため、過剰な肥料が周辺の土壌を、さらには下流地域を栄養化し、生態系を撹乱しているのです。このような環境問題を防ぐために、肥料を使わない再生農業は大きな利点を持つと言えます。環境だけでなく影響は人の健康にも過剰な肥料の問題はそれにとどまりません。人間の健康にも悪影響を与えています。肥料の主要成分は硝酸態窒素で、これは葉緑素をはじめとするタンパク質の原料として植物にとって重要です。しかし、植物が体内で使いきれなかった過剰の硝酸態窒素は、そのまま人間が摂取することになります。体内に入った硝酸態窒素の大部分は尿から排泄されるのですが、消化器官の中で微生物により還元され、亜硝酸態窒素となるものもあります。これが消化器官内で化学反応により発がん性が示唆されているニトロソアミンを作る可能性があるのです。つまり、硝酸態窒素が過剰な作物を摂取することは、人間の健康被害につながる恐れもあるのです。さらに亜硝酸態窒素が血液中のヘモグロビンと反応すると、酸素を運搬する機能のない血色素であるメトヘモグロビンを生成させてしまいます。乳幼児は胃酸の分泌が少ないため、特に亜硝酸態窒素を生じやすく、この現象が発生しやすいとされます。メトヘモグロビンの濃度が高くなるとチアノーゼを起こし、さらには呼吸困難・意識障害などの症状を出現させ、最悪の場合死亡することもあります。乳幼児でこの問題が起きやすく、起きると全身が真っ青になることから、ブルーベイビー症候群と呼ばれて海外では恐れられています。農業による環境汚染の規制、日本ではこの問題は1945年にアメリカの農場で最初に報告されていますが、その後1970年代に欧州で大きな問題となり、農薬や家畜の飼育による土壌や水質の硝酸態窒素による汚染を防ぐための規制が導入されました。実は、これがGAP(Good Agriculture Practice)のきっかけです。GAPは欧州への農作物輸出の品質基準と認識されている方も多いと思いますが、実際には農業による環境汚染を防ぐための規制から始まったのです。また、EUでは葉物野菜について、残留硝酸態窒素濃度の基準値も定められており、これを超えたものは出荷できません。日本ではこの問題があまり顕在化しなかったため、一般にはあまり問題として認識されていません。そのために野菜の残留硝酸態窒素の基準も設けられていません。ところが実際に測定してみると、EUの基準より数倍、場合によっては桁違いに多い硝酸態窒素が検出されることも少なくないようです。日本でも水道水に対してはWHOのガイドラインと同じ10 mg/Lという基準が定められており、これはEUよりも厳しいのですが、井戸水や地下水にはそれ以上の硝酸態窒素が含まれていることがあるのでやはり注意が必要です。こうしたことは、最近になって日本の野菜を海外に輸出しようとしたときに問題になったのですが、もちろん問題の本質は輸出ができないということではありません。なにより日本人の健康にとって、大きな問題なのです。この問題を防ぐためには肥料の適正使用が重要ですが、再生農業のようにそもそも肥料を使わなくてすむのであれば、こうした問題も同時に解決することができるのです。農業生産と食品製造の課題は共に肥料に関わる問題は、直接的には農家にとっての課題であり、農家が中心になって取り組む必要があります。しかし、肥料を使わない、少なくとも使用量を減らして適正に使う農業が広がれば、農作物の品質が向上するだけでなく、生産コストも削減され、食品企業としても大きなメリットがあります。特にウクライナ危機以降、窒素肥料の価格が高騰し、日本だけでなく世界的な農作物の価格上昇の一因となっています。こうした状況を考えると、今は肥料の過剰利用を再考するにはとても良いタイミングと言えるかもしれません。そしてもちろん、これを単に農家の問題として捉えるべきではなく、食品メーカーが生産者と一緒にこの問題の解決に取り組むことに非常に意義があります。これは、日本の農業と食品をいろいろな意味でサステナブルにする絶好の機会なのです。次回の記事を読む:食品もエシカルが求められる時代へ【食品企業のためのサステナブル経営(第18回)】